「”皇帝サマ“が情けねえな。」
ビゼンニシキは振り向きもせずに去って行った。その様子を眺める私に誰かが声をかける。
幼い頃から聴いてきた、聞き覚えのある声だった。
「シリウス、キミの差し金か。」
シリウスシンボリ。私と同じシンボリの名を持つウマ娘であり、私の幼なじみでもある。幼い頃は面倒見が良く、共に遊ぶことも多かった。しかし、理由は不確かだが現在では反目しあう仲となってしまった。
何が彼女を変えてしまったのかは私には分からない。ただかつてのように共に走りたいと願っても、それを言い出すにはもう手遅れとなってしまった。
「人聞きの悪いことを言うなよ。私はただ、最後に話でもしてきたらどうだって言ってやっただけだ。」
大きな赤い目が私の顔を見つめる。何をする訳でもない。ただ静かに私を見つめるだけであった。
「キミの目的は何だ。私を笑いに来たのか。」
「これで現実ってモンが良く分かっただろ?」
シリウスは静かに続けた。
「運命には抗えない。違うか? おまえとクラシックで競った優等生も、私の取り巻きのトレーナーすら付かないロクデナシの不良どもも、こうなってしまえば救うことなんざ出来やしない。」
「無力なんだよ。ウマ娘は。」
「ただ走ることしか出来ない私たちに、何ができるって言うんだ。」
シリウスの言葉は正論であるかもしれない。ただ、時として正論は人にあらぬ衝動を与えるということを体感した。
「その言葉には、同意しかねるな。」
衝動をなだめながら、冷静さを取り戻すように努める。深呼吸を繰り返しながら、私は言葉を紡ぐ。
「私は、この現状を変えるために粉骨砕身、刻苦精励している。今はまだ至らぬところはあるが、きっと変えられるはずだ。」
「そういうの、世の中じゃ『傲慢』って言うらしいな。」
その瞬間、意識に反して私の手が動いた。
「おいおい、トレセン学園の皇帝サマは進言しに来た善良な生徒を殺すのか?」
私の手はシリウスシンボリの喉元を捉えていた。
「キミに何が分かる……。」
「なあ、私がどれだけのウマ娘を見送ってきたと思ってんだ?」
シリウスシンボリの取り巻きたちはいずれも校則違反などを繰り返している生徒たちばかりだ。
ろくに練習時間を確保できず、練習ができないためにトレーナーも走りを見る機会がない。もちろんスカウトもされない。それでも走りたいという夢のため、規則を破ってでも自主練習をする。その繰り返しだ。
そういった生徒の多くは生まれや家の事情などを抱えていることが多く、やはり学園を去ってゆくことも多い。そんなたちに寄り添ってきたのがシリウスシンボリだった。
どうして彼女と袂を別つことになってしまったのか。私はそれを悔いた。私が知る優しく面倒見の良い彼女は未だここに居るのだから。
ゆっくりと手から力が抜けていく。その手が掴んでいた白く細い首筋にはくっきりと赤い手形が残っていた。
「もう辞めにしないか。夢ってモンは大きければ大きいほど、追いかけることが辛くなる。おまえだって分かってるだろ。」
穏やかな声が私に語りかける。その声の持ち主もまた、私と同じ夢を追っていたのだと理解した。しかし、私はその言葉を否定しなければならない。
「それはできない。これは、『私の夢』だからだ。」
多くのウマ娘は夢を追って駆けてゆく。その夢はダービーか、有馬か、GⅠか。それぞれ異なる夢ではあるが、その夢を叶えたいという思いは変わらない。
実現出来ないと、不可能だと笑う者もいるだろう。それでも彼女たちは夢に駆けている。
私も夢に駆けるしかない。数多の夢を摘み取った償いとしてではなく、ただひとりのウマ娘として。
「そうかよ。じゃあその結果を、夏にでも見せてみろ。」
「ああ、もちろんだ。」
夏、私は宝塚記念の後に英国へと渡る。目的は
世界最高峰のレース、そこで勝てということだろう。
「私が叩き潰してやる。シリウスこそが、最も明るい星だ。」
「自分では輝けない
そのひとことを言い残して、シリウスは去って行く。
そして後日、シリウスシンボリの長期海外遠征計画、KGⅥ&QESの出走登録が公表された。
物語もついに終盤に入ってきました