シンボリルドルフ、シリウスシンボリの海外挑戦。その事実はこの遠く離れたブリテン島でも大きな話題となっていた。
「おい、シービーは本当にココに来るのか?」
シェイプは不満そうな声で俺に話しかけて来る。
「まだわからない。ただ、『ここで待っていてくれ』と言ったのは確かだ。」
「……、そうかよ。」
「なんだ、どうかしたのか?」
シェイプはどこか不機嫌そうに遠くを眺めていた。視線の先には若葉を出したばかりの青々とした芝が広がる。
だがその先には誰もいない。まだ平地競争のシーズンではないのだ。荒れていない練習場を俺とシェイプだけが独占している。
「やっぱり、こっちはまだ
「走らないのか?」
「いや、走るさ。」
シェイプはつい先日、ドバイから帰国した。彼女の故郷はアイルランドであるから、帰国という表現が正しいのかはわからない。
遠くに見える山嶺の雪は減ったものの、まだ少し上着が手放せない。冷たい風が俺たちの間を通り抜けて行く。
走るのであれば、少し寒いがいい気温ではあるだろう。そもそもの事の発端を言えば、体の馴致のためと言ってシェイプが俺をここに連れ出したのだ。
しかし彼女は未だ佇んだままで、走ろうという素振りさえ見せない。
「少し、考え事をしてた。」
「シーツのことか?」
「まあ、それもある。」
ビトウィーンシーツはジャパンカップ2着の後、故障を発生した。シェイプがドバイに居る間の出来事だった。
幸いにも軽度のものであったために大事には至らなかったが、1年以上の休養が必要となってしまった。
「そのことに関しては、本当に申し訳ないと思っている。」
「謝る相手が違うだろ。それに、ケガするときはするモンなんだよ。そういう運命だったってだけだ。」
突き放すようなその言葉からは彼女自身の本心が見え隠れする。一流のアスリートであっても、ひとつの怪我で選手生命を絶たれることは珍しくない。
恐れ、やるせなさ、悔しさ。そういった感情から逃れたいというのは誰しもが持つ欲求だろう。だが、それらと一緒に友人までも突き放すようなことはシェイプにはできない。
俺はシービーに対しても、シーツのケガに対しても無力だった。それなのにこうして、トレーナーとしてここに居る。
これまで味わってきたこの悔しさをシェイプにまで味わわせることはしたくない。
「なあ、ミスター。」
「なんだ?」
やけに神妙とした面持ちで、シェイプが俺に話しかけてきた。
「これは、運命とか、神とかってヤツからお前への挑戦状だと思ってる。悔しかったら、オレの未来を変えてみせろ、ってな。」
シェイプオブユー、彼女は類稀な先行力とともに体質と脚部の弱さを併せ持っている。
競争ウマ娘としてレースに参加できるのは2年間だけとまで言われたが、それでも俺は彼女にいつまでも走って欲しいと思っている。
恩返しなど考えるスキが無いほどに楽しいレースを、何度でも走ってほしい。
どんなしがらみにも縛られず、ただ自分のためだけに。思うように、好きなだけ。
俺はそんな風に走るヤツをひとりだけ知っている。
「やってやるさ。」
その言葉を聞いたシェイプは少しだけ微笑んだ。
「お前さ、やっぱりいいヤツだよな。」
「シービーが羨ましいな。」
「まあ、KGⅥ&QESはオレが勝つけどな」
そう呟いてから、彼女は練習場に駆け出して行った。