「シービー!ハンドルは振ってもいいが、軸はブレさせるな!」
「はぁ…はぁ…はぁ………。」
「はい、お疲れさん。」
首元に冷たいペットボトルが押しつけられる。中身は100パーセントキャロットジュースだ。凍らせてあったようで、中に氷が浮いている。
「どうだ?楽しめたか?」
「楽しかったけど、走るよりも疲れたかも……。」
「そうだろう、お前はまだ力任せに走ってるだけだからな。ウマ娘の脚力でバランスを取って走るとなると、全身の筋肉を使うことになる。明日は体のあちこちが筋肉痛のはずだ。」
確かに、体のあちこちの筋肉が引きつっている感覚がある。普段使わない筋肉を総動員してバランスを取っていたのだろう。
「だが、1週間で自転車に乗れるようになるとは、大したモンだ。俺がガキのころは1ヶ月はかかったぞ。」
「面白そう……だったからね……。」
まだ息が上がっている。うまく喋れない。今日はぐっすり眠れそうだ。
「じゃあその努力に免じて、寝てていいぞ。メシは俺が作るから。そのあとは花火だ。」
「なに言ってるのさ、キャンプの醍醐味は
「まぁ…、そうだな。」
トレーナーは私のことを気遣っているのだろう。でも飯盒炊爨なんて楽しいことを独り占めにするなんて許せないな。
『やれやれ』とでも言いたげな顔で、呆れたようにトレーナーが続ける。
「じゃあ、俺は火の管理をするから、野菜の皮むきを頼む。にんじんはいくつかフードプロセッサーにかけてくれ。たくさんあるけど、つまみ食いし過ぎてカレー食べられない、みたいなことにはならないようにな。」
「はーい。」
にんじんをひとつ段ボールから取り出してピーラーで皮を剥く。10本ほど剥いてから、じゃがいもと玉ねぎに取り掛かった。
後ろではトレーナーさんが釜に火を入れている。そのついでにタバコにも火をつけていた。
「野菜もらうぞ。あとは待つだけだからな。」
楽しそうな彼に、あの雨の日の面影はない。
「ん?どうした?シービー?」
「いや、楽しそうだなって。」
「じゃあ、火の番するか?」
「そういうことじゃないよ。」
「???」
ニブいなぁ、と言いそうになる。でも言葉にするのはやめておいた。勘違いされるのは避けたいし、ひどい顔をしていた頃なんて思い出して欲しくない。
チーム『ScoAH』の解散は彼にとってとてもショックな出来事だったのだろう。それでも彼はまたチームを結成して「カマリ」のトレーナーとして私と歩むことを選んでくれた。
ゼロからのスタートにマイナスは要らない。今はただプラスの方向に歩んで行きたい。トレーナーさんとならもっともっと面白いものが見られるはずだ。
「できたぞー!トレーナーさん特製の超甘口にんじんカレーだ。」
タバコを咥えながら陽気に話す彼はまた、陽気に笑っている。
「いただきまーす!」
スプーンでひとくち口に運ぶ。細かくすりつぶされたにんじんの甘味が優しい。
「どうだ?ウマいか?」
「美味しいよ、今まで食べたカレーの中で一番ね。」
「そうかー!!」
ありきたりな褒め言葉に大きく体を広げて喜んでいる。
コレが本当にトレーナーなんだろうか。さっきまで考え抜かれたトレーニングをしてくれていた彼とは思えないし、なんだか子供みたい。
でも、そういうところが面白いんだけどね。