ミスターシービーは後方から3番手あたりに位置取った。先行勢はルドルフをマークするように取り囲み、舐めるかのようにじっくりとこちらをうかがっている。
坂の登りに差し掛かる。先行勢のうち数名が坂を勢い良く駆け登って行った。
長距離レースでは序盤のポジションが大きく影響する。このまま3分ほどの長丁場を走り切らなくてはいけないため、ペースを見ながらレースを運べる位置に圧倒的な有利がある。
この長さでは逃げ切ることは難しい。後方に位置取っても脚を使い果たすことさえある。耐え忍び、最終直線まで粘りきるだけの冷静さと強さが求められるのだ。
前方、先頭近くでレースを作るのはヘルトロイメとニシノライデン。マイブレイン、リョウゼンエボシ、チエロステラートと続きルドルフが居る。
登りで位置取りを争った結果、かなりバラついた展開で3コーナーを回る。ルドルフの2バ身ほど後ろにはミスターシービーとクラシックで競り合ったメジロモンスニー。そして有馬で猛追を見せたサクラガイセンとG1競争初参戦となるスイングアイル。その後方にミスターシービーといった展開である。
それでも、シービーは位置を上げて来ない。先頭から後方まで、既に30バ身ほどの開きがある。
あの有馬記念、ミスターシービーは出来るだけ前目につけるように意識していたようだった。脚質転換を図ろうとしていたのは明らかであったはずなのに、彼女はまた後方に位置取っている。
2コーナーを回り正面スタンド前に向く。そのとき、先頭のペースが落ち、メジロモンスニーがジリジリとルドルフとの距離を詰め始めた。彼女はあの『長距離のメジロ』出身であり、そしてミスターシービーにも劣らない末脚がある。レースに『たら・れば』が無いというのはもちろんではあるが、彼女が菊花賞に出ていればシービーの三冠を脅かす存在になっただろう。
ルドルフもそれに気づいたようで、直線で位置を上げて好位に取り付いた。
リョウゼンエボシ、シンボリルドルフ、チエロステラートが3名横並びで1コーナーを回る。
厳しい展開になった。ルドルフは外を回ることになり、馬群は縮まった。ここまでスローになれば後方にも差し切るだけのチャンスが生まれる。
そのとき、後方から位置を上げてゆくウマ娘が見えた。緑胴に白袖、そして山形一本輪。ミスターシービーだ。
馬群に動揺が見られる。そのまま2コーナーを抜け、ミスターシービーは更に加速する。リョウゼンエボシを横に従えながら、彼女はルドルフさえも追い越し、坂の登りで先頭に躍り出た。
「まさか貴女は、菊花賞の再演をしようと言うの?」
その問いかけに応えられるものは誰も居ない。その独り言は大きくなった歓声によって掻き消されていく。
先頭はミスターシービー。全てを投げうち、消えてしまいそうなほどの走りで4コーナーを抜ける。そしてルドルフはその影を掴み取るかのようにして彼女を追っていた。