春の桜は散って、雨の多い時期になった。彼と出会った日も、こんな風に雨が降っていた。
けれど雨脚は今日ほどひどくはなかった。優しさなどどこにもない、ただ無慈悲に水の礫を叩きつけるような空と雷鳴を轟かせる暗い雲は、冷酷そのものと言った姿だった。
窓の外に目を遣れば、紫陽花が懸命にその花びらを伸ばしていた。大地とは言えない、アスファルトの隙間からその根をしっかりと張ったその花は、いつか見た青空と同じ色をしていた。
彼女は何を思って咲いたのだろうか。痛みさえ感じるようなこの雨の中で紫陽花は咲いた。その力強さを少しでも分けてくれたのなら、私の足も、彼女のように強かったならばと、ありもしない空想が私の頭の中に浮かんできた。
私の脚はもう地に脚をつけることさえままならない。絶え間なく続く痛みに耐えながら、ただこうして車に揺られていることしかできない。
私の脚は骨膜炎を発症していた。幸いにも、歩けなくなるようなものではない。しかし、競争ウマ娘となれば話は少し違ってくる。
ウマ娘の骨膜炎は若駒、特にジュニア期やデビュー前のウマ娘に起こりやすいスポーツ障害と言われている。理由は明解であり、本格化に至り身体能力が向上した結果、骨と筋肉のバランスが崩れ炎症を起こすというものである。
しかし私は、既にシニア期の2年目に至ったウマ娘である。能力は既に下降の一途を辿っている。
医師からその診断を聞いたとき、不思議と悲しみは湧いて来なかった。乾いた笑いがついて出ただけだった。
そんな私とは対照的に、車を出してくれた南坂さんはとても落ち込んでいるように見えた。
南坂さんは指が白くなるほどハンドルを握り込み、ひどく思い詰めたような顔で車を運転している。沈黙の中に響く雨音はより一層その表情を暗いものにしていった。
赤信号になり、車が止まる。すると南坂さんがポツリと一言言葉を漏らした。
「入院の準備をしなくてはなりませんね。」
私はそうですねと、適当に相槌を打つ。
南坂さんは無能とは対極に居るトレーナーだ。ウマ娘の怪我の重みを理解していないはずがない。
「長期の休養を行なって、靴も新調しましょう。」
「靴はもう、要らないと思います。」
もう一度、沈黙が訪れた。
「低負荷のリハビリトレーニングと、先輩の力も借りて……、スインギーも手伝ってくれるはずです。ですから!また、また来年には!」
「もういいんです。」
「これで、おしまいにします。」
「私の引退式が終わったら、彼にありがとうと伝えておいてください。あと、あなたと過ごした時間は、楽しかったですと。」
「……わかりました。」
会話が終わっても、雨が止むことはない。
私はまた、窓の外に視線を移した。
まだ続くよ?