カレーの鍋は空になり、日が暮れる。山の中に居るためか、少しだけ肌寒い。
「シービー、これ。覚えてるか?」
「タオルがどうかしたの?汗なんてかいてないよ?」
「覚えてないのか?雨の日に貰ったタオルだよ。」
俺はシービーと出会っていなければ、こんなふうにトレーナーを続けていたかわからない。
初めて出会ってときにこのタオルを手渡された。びしょびしょに濡れていたけれど、過去を拭い去ってくれた大切なものだ。
「いいよ、持っててよ。アタシとの出会いの記念にさ。」
いたずらっぽく笑う。その笑みには照れ隠しもあるのだろう。
「なんか、しんみりしちゃったね。」
「そうだな……。」
昼間の騒々しいセミの鳴き声に代わって、ヒグラシが鳴く。ヒグラシもセミの一種だが、物悲しい鳴き声は夏の熱気を少しだけ冷ましているようだ。
「なあ、トレセン学園は楽しいか?」
「どうしたの、急に。変なものでも食べた?」
トレセン学園はウマ娘のための学園だ。トゥインクルシリーズやドリームトロフィーリーグというレースを開催していて、ウマ娘たちはそれを夢見て走る。
だが、夢破れるウマ娘も多い。レースで勝つことができない、デビューすらままならないというウマ娘は学園を去ってゆく。俺はそんな厳しい世界に身を置く彼女たちに幸せになって欲しい。全てのウマ娘の幸福を願っている。
もしかしたら、『現実を見ろ』と笑うヤツも居るかも知れない。
競争社会なんだ。勝者はひとりだけ、勝てば多くの夢を壊してしまうことになる。それでも俺は彼女たちの幸せを願わずにはいられない。
「不満とか、嫌なこととか、あったら言ってくれ。」
「そうだなぁ……。」
シービーが首を傾げる。しばらくして何か思いついたように耳がピンと跳ねた。
「タバコ、やめたほうがいいよ。臭いし。」
「タバコか……。」
ウマ娘は繊細な生き物だ。メンタルの状態によって運動パフォーマンスは大きく変わる。不調であれば目に見えるように結果として現れる。彼女が嫌だと言うのなら、できるだけ彼女の前では吸わないようにしよう。
「タバコの代わりにさ、これ。」
「ガキが食うモンじゃないか、こんなの。」
手渡されたものは棒付きキャンディーだった。URAの協賛企業が製造している公式グッズで、蹄鉄のマークが描かれている。
「トレーナーさんにはぴったりだと思うよ。」
「どういう意味だ、それ。」
シービーがニヤニヤと笑う。子供っぽいというのはお互い様じゃないのか。
「あーでも、ライターは要るかな。」
「……? どうしてだ?」
「だって、花火。するんでしょ?」