ダブルボタンのジャケットを思わせるような真紅のドレスに白いシャツ。白銀の彗星を模した飾りがついたミニハットと胸元で揺れるジャボ。肩や腰などに巻かれた革製のハーネス。それがシェイプオブユーの勝負服だ。
既に彼女は着替えを済ませ、あとはパドックに向かうだけとなった。既にGⅠ勝利も経験しているため、緊張したりイレ込んだりしている様子もなくゆったりとパドックへと歩みを進める。
赤いドレスを着た彼女の姿は、昨年の冬に彼女が言っていたことを思い返させる。競争ウマ娘としてレースに出られるのは2年間のみ。まるで予定調和のように彼女の能力が衰退し始めた。
ウマ娘の能力は本格化をもってピークに達する。その後若干の上下を繰り返した後に緩やかに下降し始める。ピークの時期こそ晩成型と早熟型の時期の差こそあるが、これに例外と言えるケースはほとんど存在しない。
能力が下降し始めるのであれば、現状を維持することが求められる。あの口ぶりから察するに、シェイプにはまだ自覚がないのだろう。それは瑣末ではあるが僥倖でもある。
ドンはこのレースを試金石と言っていた。このレースで結果を出せなければ、三冠への道は遠のく。
為すべきことは全てやり遂げた。彼女の調子も悪くはない。オークスの時と比べても遜色ない仕上がりとなった。
しかし、ウマ娘の身体や能力に関しては未だ解明されていない部分が多い。その得体の知れない何かが彼女に何をするのかさえもわからない。
俺は医師でもなければウマ娘でもない。俺ができることはただ勝利を信じて見守ることだけだ。
「なんだよ、そんなにオレがかわいいか?」
シェイプは俺が見ていることに気づいたようで、からかうような口ぶりで話しかけてくる。
「そうだな、まったくもってその通りだ。おまえから目が離せないよ。」
冗談の応酬はいつものことだった。いつものように茶化した返答をするも、この時だけは様子が違った。
「本当に、そうなら良いんだけどな。」
深いため息をつきながら小さく彼女が漏らす。
「おまえ、シービーのことを考えていたんじゃないのか。」
シェイプは向き直り、まっすぐこちらを見つめてきた。
「いや、それは違う。」
「じゃあ教えてくれ、どうしてここにシービーが居ないんだ。それにおまえ、ひどい顔してるぞ。」
否定の言葉は聞き入れられず、シェイプの尻尾がバサッと大きな音を立てて揺れた。
思えば俺はシェイプとシービーのふたりを重ねて見ていたのかも知れない。
シービーは怪我によって引退した。しかし彼女は俺が日本を発つとき、待っていてくれと言った。
ミスターシービーはレースに勝つということにはあまり重きを置かず、ただ楽しむことだけを目的にトレセン学園に入学した自由人ではあるが、信念を曲げるようなウマ娘ではない。
彼女の夢は道半ばで潰えてしまったのだろう。だが、
至らなかったのだ。トレーナーとしての技能も、努力も、全てが。
何ひとつとして変わらぬまま、無念はずっと胸の内でくすぶり続けるだろう。『銀髪姫』のときもそうだったように、焼けた鉄を押しつけられたかのようなじくじくとした痛みが胸の内に続く。この痛みに慣れてしまいたくはない。この痛みを受け流せるほどの人でなしになりたくはない。
抱えた痛みはきっと俺よりも彼女の方が大きい。そしてその痛みをシェイプにまで味わわせることにはしたくない。
「シービーは……、故障して引退した。お前には、そうなって欲しくない。だから──。」
「そうかよ。」
シェイプのつぶやきが静かな通路の中に響いた。たったひとこと、それだけであるはずなのに、どこか重々しい。
光が差す通路の先からはウマ娘たちの登場を待ち構える人々の喧騒が響く。ところどころ日本語のような声も聞こえ、胸の内がまた痛む。
「悪かったな、もう行くわ。」
「無理はするなよ。」
返事は無く、シェイプは光の先へ歩みを進める。俺はその光の先に至ることはできない。ウマ娘とトレーナー、2人の確かな断絶はそこにもあった。