練習場には日が高く登る。皮膚にまとわりつく生温い空気をかき分けながら、一歩を大きく取り地面を踏み締める。
その一歩で、内臓が揺れる。胃の中がかき混ぜられる。膨れ上がる肺がキリキリと痛み、拍動が乱れる。
足が重い。腫れ上がったかのように動きが鈍く、そして靴が足を締め付ける。
それでも、私は走りたい。走る理由と、走る義務がある。
私の不調は明らかだ。もう、隠し通せるものでもない。私の競争生命が2年で終わりなら、それでもいい。だが、私はまだ彼らに報いることができていない。
私は勝利するためにここに居る。私を支えた名も無き英雄たちの全てに報いるために勝利せねばならない。
彼らは私の夢を叶えてくれた。ならば次は、彼らの夢を私が叶える番だ。
しかしそれは才能だけでは足りない。5バ身差の勝利でも足りない。私の勝利を、確固たるものとして、歴史に刻む。そのためには三冠が必要条件だった。
「くそっ!」
ようやくのことで、指定されたコースを1セット走り終える。
自分が、とても惨めだった。
セントレジャーは1
「くそっ……。」
勝ちたい。私が勝利したレースの裏に、その思いを果たせなかったウマ娘たちがいる。
彼女たちも、こんな気分だったのだろうか。
いや、きっと違う。走る前は緊張こそすれ、勝利への希望を抱いてその時を待つ。
ゲートが開けば、全身全霊。己の全てを賭け、栄光を掴むことを夢見て駆ける。
それが、唯一にして最大の違いだろう。
分かっていたはずだった。覚悟もしていたつもりだった。それでも、抑えていたものが溢れ出てしまいそうになる。
私はまだ、ただの夢見がちな少女だったのだと思い知らされる。
私はもう、私が勝利する姿さえ思い描けない。
現実は、いつだってクソッタレだ。
私は大の字になって寝転がり、空を見上げた。
太陽が滲んで、ぼやける。白い雲は私の気など知らないでぷかぷかと空に浮かぶ。それでも、いい天気だ。
「空を飛べたらいいのにな……。」
思わず口をついて出た言葉が、少しだけ可笑しかった。
そのまましばらく空を眺めていると、足音が聞こえてきた。どこか重々しいそれは、私のすぐそばで止まる。視線をそちらにむけると、履き古された革靴と折り目が無くなったスラックスが目に入った。
「シェイプ。」
優しい声と共に私の目の前に手が差し伸べられる。
「いいよ、自分で立てる。」
私がその手を払い除けると、彼は思い詰めたような顔で私を見つめた。
彼が何を考えているかは、痛いほど良く分かる。
「シェイプ、おまえ──」
「なあ。次のオフ、空いてるか?」
だから今は彼の言葉を聞きたくなかった。聞けばきっと彼も、私も苦しんでしまうから。
それほどまでに、彼は優しいから。
「また、オペラでも見に行こうぜ。次はシェイクスピアだ。王道だろ?」
「どうして、シェイクスピアなんだ?」
彼はしばらく考え、困惑したような表情を浮かべて言った。
「……クソッタレだからだよ。」
私はできるかぎりの笑顔を浮かべた。
いつまでも
あると思うな
時とネタ