「最後に話はできたかい。」
レース前、控え室でうたた寝をする私にドンが話しかけてきた。
「ああ、『好きに走れ』だとさ。」
「彼らしいと言えば、彼らしいな。」
ドンは苦笑いをしながら、そばの椅子にゆっくりと腰をかけた。その姿は、彼の身に確かな老いを感じさせるものであり、なぜかもの寂しいものであった。
「いつも通り、先行策を取る。それでいいか。」
「彼の言う通り、あるがまま、すきなように走ればいいさ。キミのラストランなのだからね。」
好きに走ったところで、勝てるレースではない。そんなことは誰だって分かっているはずだ。
GⅠ、そして三冠路線の終着点であり、唯一ステイヤーが活躍できるエクステンド距離のクラシックレース。何が何でも勝ちたいと思う者は少なくない。
クラシック三冠、フィリーズ三冠。かつてそのレースはウマ娘における最大の栄誉であった。しかし今ではそれら全てに挑む者は少ない。
2000ギニー、1000ギニーは直線1
マイル、ロング、エクステンド、
*4大まかにこの3種に分類される3つのレースでそれぞれ勝利を挙げることは並大抵のことではない。勝てば無論、多大な祝福と栄誉が与えられる。
しかしアスリートとして求められることは、その専門分野における最先端であることだ。マイルであればマイル、中距離であれば中距離で、それぞれ求められる素質は異なる。
このブリテンで競争は先鋭化の一途を辿っている。広範的な距離で好走できるウマ娘よりも、ひとつの距離カテゴリーにおいて常勝するウマ娘が求められつつある。
その中でもエクステンド距離を得意とするステイヤーは肩身の狭い思いをしてきた。
2701mを超えるG1競争は数えるほどしか存在しない上に、体への負担も大きい。レースの高速化に伴い──私がそうだったように──ロングやインターミディエイトなどの距離で強いウマ娘が持て囃される。
彼女たちが口惜しい思いをしてきたことは想像に難くない。だからこそ何としてでもこのレースだけは勝ちたいと願う者が居る。そこに割って入り、今や形なしとなった三冠を掴もうと言うのだ。好きに走ったところで、潰される。ましてや既に衰えた私など、相手にもならないだろう。
「バカ言うなよ、ブリテンの超一流トレーナーもついに耄碌したか?」
「そうかもしれんな。」
いつも通りの笑みが、皺だらけの顔にさらに皺を作る。しわくちゃのその顔で優しくこう続けた。
「耄碌ジジイでも、責任くらいは取れるさ。」
外の喧騒が聞こえてきた。
言葉は要らなかった。
言葉とは無粋なものだ。この信念も、決意も、語るよりも雄弁に姿が示していた。
「若いのを、巻き込むわけにはいかないからね。」
そう言ってドンはからからと笑った
「さあ、行っておいで。」
ドンは軽く、私の背中を叩きながら言った。枯れ枝のようなその手は、彼と同じ温もりを帯びていた。
私は促されるままに控室を出た。
「クソったれが……。」
私はひとりごとを呟きながら、誰もいない地下バ道を歩んだ。
ヤーポン法死すべし
あんまり納得いってないので変えるかも