ゲートに向かい、足を進める。だが、それに続く足音は僅かだ。
セントレジャーステークスは最も古い歴史を持つクラシック競争である。だが、今開催での出走者は6名という少人数に留まった。
セントレジャーステークスの権威は失墜し、ダービーを制してもなお、このレースを避けるウマ娘が後を絶たない。そのため、三冠ウマ娘はもう何年も出ていない。
それでも私は最後に三冠を成し遂げたウマ娘の姿を鮮明に思い返すことができる。きっと、誰もがそうだろう。彼女のことは忘れられない。誰も忘れることができない。
烈火のような激しさ、その陽炎にゆらめくのは狂気さえ纏った優雅な舞。遊ぶような、踊るような大跳びの足取りは、他者を置き去りにして彼方を走る。
無敗の三冠、加えてアイリッシュダービー、KGⅥ&QESでの圧倒的な勝利。そんな彼女に憧れたウマ娘は私だけではないだろう。
だが彼女は、セントレジャーステークスの後に選んだ凱旋門賞でアタマ差の2着に敗れた。
誰も、何も、悪くなかった。だが人々に焼き付いて離れない悪夢は無辜の者たちを巻き込み、栄誉さえも蔑ろにした。
彼女が三冠を成し遂げる以前から、セントレジャーはその権威を失いつつあった。だが彼女は三冠という偉業を成し遂げることで、観衆の目を向けさせようとしたのだ。
凱旋門賞での敗北によって、全てが裏目に出たことは言うまでもない。それは彼女にとっても不本意なことだろう。
凱旋門賞を狙うのであれば、セントレジャーは回避するべきレースである。今ではそう言われている。
それにしても、数奇な縁だ。私は笑うことしかできない。
マルゼンスキー。一度だけ、彼が口にしたウマ娘の名前。彼が絶望の淵に立つきっかけとなったウマ娘。いや、その言い方は正しくはないかも知れない。だがその名に妙な違和感を覚えた私は、彼女について調べ上げた。
マルゼンスキーの走りは彼女に似ていた。
その姿はまるで生き写し、あるいは最後の三冠ウマ娘が産み落とした最高傑作であるかのように思えた。しかし、マルゼンスキーは彼女とは違い、どんなレースでも笑顔を絶やすことなく、先頭であり続けていた。
喜び、そして笑顔は時として誰かを深い絶望の闇へと引き摺り込む。誰も、そうあるべきだと望みもしないのに、絶望は私たちの傍らに立ち、微笑みをたたえながら見つめている。
彼はきっと、魅入られてしまったのだろう。
だが彼が絶望しなければ、私は出会えなかった。絶望から立ち直るための決意と、差し伸べられた手が無ければ、彼はきっと、そこで終わっていた。
ミスターシービーとの離別は、きっと彼が望んだものではなかったはずだ。それでも、私の手を取ってくれた。
私の望んだものではなかったけれど、温もりはまだこの手にある。
「ありがとう……。」
目を瞑り自分の指先にそっとキスをして、前を見据える。
これが、最後のレースになる。
今だけは、誰も私を止めてくれるな。
けたたましい音と共にゲートが開く。
6名が一斉に駆け出して行った。