胸が痛い。苦しい。
息は入れられない。内には入れない。ペースを落とせば、このまま置き去りになる。
汗が額を伝い、目の中に入って染みる、吐き戻しそうになるくらい体温は上がり、のぼせた脳が思考に靄をかける。
バ群の先頭に押し出されたまま、コーナーに入る。私のすぐ後ろで虎視眈々と光る目がある。
前を向けば、私のことなど知らぬように悠々と駆けていく背中がふたつ。
好きに走れとは、勝手なことを言う。レースは単走でも、タイムアタックでもない。
私をマークする後ろの3人。そして私をダシにして逃げを打ち、ペースを吊り上げる2人。
レース場の真ん中でさえ、私は自由に走れない。こうして縛り付けられたまま、ただじりじりと疲弊させられていく。
「クソったれが…。」
唇を噛もうとも、ただ砂が口に入るのみ。どうしようもできない。私はそれに苛立っていた。
無力だ。ただただ無力だ。それを自覚させられる。それが悔しくて、認めたくなくて、投げ出したくなる。
「クソったれが…!!」
また全体のペースが上がった。足音は激しさを増す。
内から躱され、4番手にまで追いやられる。砂が跳ね、顔にかかる。
レースならば、そんなこともある。激しく肩がぶつかることも、誰かが吐き捨てた痰が顔にへばりつくことさえある。
些細なことだった。だがそれが、私の心を決壊させた。
クソったれが!!
クソったれが!!
クソったれが!!
そう強く思いはしても、にじみ、ぼやける視界が晴れることはない。
ふざけるな。
好きに走れと言うなら、そうさせてもらう。
だから今は誰も止めてくれるな。
勝手に現れて、勝手に消えやがって。
全部全部、お前らの勝手だった。
叶いもしない夢を見せて、ここまで連れて来やがって。
なんなんだよ、オレは。
お前らも、なんなんだよ。
なんでオレが、こんなに苦しい思いをしなきゃいけない。
なんでお前らは、こんなオレを支える。なんでオレに、良くしてくれるんだ。
ずっと、あのままで良かった。オペラを見て、レモネードを飲みながら、他愛無い話をする。それだけでよかったんだ。
それなのに、なんでおまえは居なくなるんだ。なんで、そんな顔をするんだ。
なんでオレは、おまえを心から笑わせてやれないんだ。
オレだって、おまえのためなら、おまえを笑顔にしてやれるなら、何だってしてやりたいんだ。
なんで、オレじゃダメだったんだよ。
奥歯を噛み締め、足に力を込める。ぎりりと嫌な音がして、口の中に血の味が広がる。どうやら自分の頬の内側を食いちぎったらしい。
「クソったれェェェ!!!」
それは分の悪い賭けでしかなかった、渾身の力で芝を踏み抜く。
私の叫びは、誰にも届いてはいけない。亡霊の誑惑に、耳を貸してはいけない。だが私は、叫ばずにはいられなかった。
だがその叫びはもう消えた。それをはるか彼方へ置き去りにして私の体は加速していた。
「あははははっ!!」
今になっては遅すぎる。何もかもが、遅すぎた。
運命ってヤツは、どこまで行ってもクソったれだ。
でも、それでも良かった。
跳ねる体はさらに加速していく。
私はまだ、走れるんだ。そう思ってしまった。
これ以上、幸せなことはない。だって、だって、おまえを、笑顔にしてやれるかもしれないんだ。
いつか、遠い未来で、お前が心から笑っている。それが、私が望んだハッピーエンドだ。
ただ真っ直ぐに、思い切り駆け抜ける。何もかも置き去りにして、思うがままに駆け抜ける。
「あははははっ!!」
絶望も、苦しみさえも置いてゆこう。運命さえも突き破る速さで、駆け抜けよう。
だって私はまだ生きている。
うるさいほどに鳴る心臓が、それを高らかに歌っている。
吐き出す熱い息吹が、私の存在を証明している。
飛び散る汗が、私を輝かせてくれる。
そして誰かが、私の名前を呼んでいる。
苦しみも、痛みも、もうどこにもない。ただ駆け抜ける喜びと叶わぬ夢があるだけだ。
もうすぐ、私の物語が終わる。
許されないことは分かっていた。分かっているんだ。それなのに、望まずにはいられない。
ずっとこのままでいたい。このまま、走り続けていたい。
そんな夢を見ながら、私は直線を駆け抜けた。
凱旋門チャンミ何も分からない&なんかどんどん文章が雑になってる気がして自分に腹が立つ。