「っ……、はぁ……はぁ…………。」
息を切らして、その場へへたり込む。すると思い出したかのように足がひきつり、体は鉛のように重く、立つ事さえ出来なくなってしまった。
苦しかった。だがそれも既に終わった、終わってしまったのだ。そう思うと、肩の荷が降りたような気がした。
これでもう、走らなくて良い。苦しむことも、悩むこともない。耳をつんざく罵声も、ジジイの嫌味ったらしくて優しい軽口も、これで全ておさらばだ。
幼い頃はママに会えなくて、寂しくて泣いたりもした。練習につぐ練習で足の皮が剥げることだってあった。
全てが嫌だったわけじゃない。楽しいことだってたくさんあった。それでも今は、辛い記憶に浸っていたかった。
歓声と拍手は鳴り止みつつあり、私の心臓も鳴りを潜めた。呼吸は落ち着き、足の痛みも幾分かやわらいだ。
体に着いた芝を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。このターフから去り、乾燥したアスファルトの上を歩き、また控室に戻る。理由は単純な話で、この後もまだレースが続くからだ。
ただ、控室に戻る。いつものレース後とすることは同じ。それなのに何故だか足が重い。一歩進めば、踏み締める芝の感触がどうにも私を困らせる。やっぱり衰えているんだな、やっぱり長距離レースは疲れるんだな、と嘲ってみた。
ふらつきながらも歩みを進める。早く横になりたい。眠って、全てを忘れてしまいたい。そう思いながら控室のドアノブを捻った。
「シェイプ。」
ドアを開けてすぐ、私の名前が呼ばれる。名前を呼んだのは、ずっと私のそばに居てくれた見慣れた顔のじいさんだった。
いつものあいつはいなかった。
もう、あいつに名前を呼ばれることはないだろう。そしてきっと二度と会うこともない。いちばん名前を呼んでほしかった彼は、もういない。
私の視界がぼやけて滲んだ。抑え込んでいたものが溢れ出てしまう。必死に堰き止めようとしてもできなかった。
楽しかったこと、嬉しかったこと。そんな記憶が頭の中を駆け巡る。それなのに私の胸は締め付けられるように苦しい。
私は幸せだった。だから、それを失ってしまうからこんなにもつらくて、苦しい。
私は走ることを選ばなければ、こんな幸せを手に入れることは出来なかった。レースに出たのは2年にも満たない。それでも私はこのために走ってきた。
「楽しめたかい?」
ドンは優しく微笑みながら、嗚咽する私の背中を撫でる。
幼い頃寂しくて泣いたときも、転んで泣いたときも、こうして背中を撫でてくれた。
「もっと、走っていたかった……。もっと、もっと──」
私はただ思いの丈を叫んでいた。無垢な子供のように、みっともなく泣き喚きながら。
「
泣き喚く私に、彼は優しく微笑みながら語りかける。
「あるがままでいいんだ。大人ぶる必要はない。嘘をつく必要もない。あるがまま、自分の気持ちを受け入れる。そこにきっと、答えがあるはずさ。」
長かった…
長かったですが、イギリス編はここで終わりです……
長かったよ……