その日の東京レース場は、雨が降っていた。
私は、その雨に濡れぬよう、傘を差していた。
同じように観客席には傘の花がそこかしこを埋め尽くすように咲いていた。
「寂しくなりますね。」
「……そうね。」
私がそう話しかけると、か細く、吐息に紛れてしまうような声で返事があった。
遠巻きにターフを眺める。すると、ひとりのウマ娘が姿を現した。その白い袖が揺れ、雨に打たれる。緑のビスチェは草原を思わせるようで、そこに眩しく陽光が差すかのような黄色のラインが入っていた。
他の誰でもない、ミスターシービーだ。
今日は彼女の引退式が行われる。
凛々しくターフを踏み締め歩く姿はかつての彼女と何も変わらない。その姿に歓声と拍手が沸き起こった。
だがそれは、喜びだけによるものではない。
それでも、笑顔で手を振る。それが私たちに与えられた役目であり、それが最もふさわしいからだ。
あなたに逢えてよかった。あなたがいたから、夢を見れた。その喜びに勝るものはいらない。その思いを込めて、笑うのだ。
それでも私には、込み上げるものがあった。いつの日も踊るように駆ける彼女がもう一度ターフでステップを踏む姿が見たかった。私の首を切り飛ばさんかのような末脚でもう一度私を追って欲しかった。
君は自由を求めていた。勝利だけではない、その先にある自由を求めていた。そして、確固たる意志も、それを望むだけの強さも持っていた。
私はそれを守りたかった。私が守るべきものだった。ターフを駆け抜ける私たちは、ただ勝利のために走っているわけではない。それぞれが胸に秘める夢のために走っている。
でもそれはいつの日にか、変わってしまっていた。
春、私が見た彼女の頬を伝う雫。それが何よりの証拠だった。
もう彼女とともにトゥインクルシリーズで走ることはない。菊花賞で見た逆転劇も、春の天皇賞で見せた夢のようなひとときも、彼女の走りに沸く観衆たちも、そして、この身の内に湧き上がる熱のやりどころさえもすべて、消えてしまう。
三冠という偉業とともに、彼女の名は残るだろう。だがこの熱狂は、感動は、いつか薄れてしまう。
だがそれは自然の摂理だ。風が吹けば花が散るように、それを変えられはしない。だから私たちは抗うように彼女の姿を目に焼き付ける。
「おーい!」
セレモニーが終わるという頃名も知れぬ誰かの声が観客席にこだました。
「ちょっとの間だけ、傘を閉じてくれー!」
「みんなにシービーを見せてやってくれよー!」
雨はまだ、降っていた。その一声が雨とともに傘の花を散らしていく。
不思議な光景だった。
雨はまだ、続くだろう。それでも私達は雨に濡れることを選んだ。
視界は開け、広大なターフが目の前に飛び込んでくる。そこに立つ者はただひとりぎこちなく、それでいて優しく微笑んでいた。
参考文献
https://news.sp.netkeiba.com/?pid=socialcolumn_view&cid=1900
今年のセントレジャーを制したハーツクライ産駒のコンティニュアスがジャパンカップに来る!!!!!!!!!!
それはそれとしてメジロラモーヌが私を狂わせる
ラモーヌに愛されたいけど愛されたくない
冷ややかにつまらないとひとことだけ言われたい
体温と息づかいを肌に感じながら、耳元で愛を囁かれたい
視線さえ向けられない路傍の石になりたい
鈍色のその瞳に映るすべてになりたい