紫陽花は咲いていなかった。桜の葉もすでに落ち、ただ冷たい雨が降る。
今年の桜はよく咲いたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、トレセン学園へと向かう。
目的ははっきりしていた。だから、誰にもこの脚は止めさせない。
濡れた革靴が足の指を凍えさせる。吹き付ける風が俺を押し戻そうと躍起になる。だが俺は、うつむくことはない。水たまりには、あの情けない男の顔は映らない。
後悔は数えきれないほどしてきた。だがそれも、あの泥に塗れた手を握らなければ得られなかったものだ。
俺に差し出されたあの手は、救いだった。雲間に差した光のように眩しく、暖かだった。だがその手を握らなければ、こうもならなかった。
校門を通り過ぎ、校舎へと入る。階段を登り、大きな樫の扉の前で立ち止まる。
その扉を3回叩く。鈍く音が響き、しばらくしてその内側からどうぞと声がかかった。
「お久しぶりです、理事長。」
「……、そうですね。」
変わらず、彼女の髪には流星のような白髪がある。その長い髪がかかる顔には、明らかな疲れが見て取れた。そして、その顔を隠すように、レースの着いた黒い帽子を被っている。
「すみませんね、皆さまがウマ娘のために働いている中で、このような姿を見せてしまい。」
切れ長の目が俺の姿を捉えた。言葉とは裏腹に、その紺碧の瞳には明らかな光が見える。ぎらぎらと怪しく灯るそれは、勝負師の目。研鑽を積み、最速を求めて走り抜けるウマ娘の目によく似ていた。
紺碧は水の色、海の色だ。世界を包む慈しみの色である。その色が描く夢は壮大で美しいのだろう。
彼女もウマ娘を愛しているのだろう。人生を賭してこのトゥインクルシリーズの振興を成し遂げようとしている。
現に、その結果は出つつあった。海外の有力ウマ娘を抑えてのカツラギエースのジャパンカップ制覇、シリウスシンボリの長期海外遠征と好走。これから、日本のウマ娘界は大きく変わっていく。欧州と比べ、10年は遅れていると言われたこの日本のウマ娘界は、彼女の慈愛によって、新たな時代が拓かれていく。紺碧の色を超え、世界へとその名を轟かせるウマ娘が誕生する。そんな予感さえした。
俺にはそんな大それたことはできない。俺が担当したウマ娘は皆、ターフへ別れを告げた。これはただ、俺が力不足であったことに他ならない。
皆、遥かな夢を胸に抱きながら、終わりを迎えてしまった。そしてそれは、俺も同じだった。
「あなたが送られたレポートは、私も目を通しています。それで今日は、どんな要件でいらしたのでしょうか。」
「提出したい書類がございます。」
丁寧な口調で理事長が俺に話しかける。俺はひとこと断りを入れ、鞄の中から白い封筒を取り出した。
「そうなるとは、思っていました。」
理事長にその封筒を手渡すと、彼女はどこか諦めたかのような顔で僅かに微笑んだ。
「今まで、お世話になりました。」
全てのウマ娘の幸福。それが、俺の夢だった。
俺には望むべくもない夢。だが、その夢は俺が居なくとも成し遂げられる。
理事長ならば、その夢を実現させてくれるだろう。
俺が夢を見る時間は終わりだ。
「これから、どうするのですか。」
去り際に理事長が俺に問いかける。
「あいつを、自由にしてやります。」
「自由で楽しいレース。それが、あいつの夢でしたから。」
コンテニュアスJC回避と
パンサラッサ引退と
イクイノックス引退と
3期おハナさんの出番が少ないのと
ガチャの爆死が連続して泣いてる