服に染み付いたタバコの匂いも、甘いキャンディーの香りも消え失せて、消毒液の匂いを乗せた寒々しく冷たい空気が流れ込む。
「タバコ、やめたんだね。」
彼が立ち去った病室で私はひとり呟いた。
服に染み付いた匂いはそう簡単には落ちない。だが、その振る舞いから、分かってしまった。
タバコは彼が逃げる術だった。不安や現実から目を逸らす手段であり、それが彼の弱さを象徴づけるものだった。
だが、弱い彼はもういない。人として、以前よりもずっと強くなった彼には、もうそんなものは必要ない。
だから、私の前に現れて話してくれた。幼い頃に抱いていた叶わぬ夢も、トレーナーとなった今の夢も、恥も何もかもを乗り越えて、本心でぶつかって来てくれた。
それでも私は、彼の顔をまともに見ることが出来なかった。涙が溢れぬよう、耐えるだけが精一杯だった。
私は彼の背中を追いかけていた。遠く、遠くに見えるタバコの火、彼の息遣いで明滅する小さな灯りさえ在れば私は迷わなかった。
ただ、在るだけでよかった。それなのに、その灯りは私のそばに近づいて、そして消えてしまった。自由に駆け抜けろと最期の言葉を残して。
私は、もう一度彼の前で勝利を挙げたかった。でも、その夢はもう叶わない。彼の胸にあったバッヂは消えていた。
そのかわりに彼は白い封筒を残して行った。
その封筒にはプリズム加工がされたURAのロゴが箔押しされている。
重要書類にのみ、この処理が行われる。中身は見なくとも分かった。
「……ずるいよ。」
自由で楽しいレースがしたいと、彼に言った。何気ない会話の中で出てきたものだが、彼はそれを今まで覚えていた。
私が初めて語った『走る理由』。いちばん初めに目指していたもの。彼はそれを守るために、この選択をしたのだろう。
私が自由に走るために、後ろめたさや後悔を微塵も残さぬように彼は夢を誰かに託して身を引いた。
夢とも、目標とも言えないような、私の『本心』。不器用でわがままなウマ娘のそれを何よりも大切にしていた。
誰かに言われたから、そうした訳ではない。彼はただ、自分の心に従っただけだ。
「バカだなぁ……トレーナーさんも……。」
私は愛されていた。どこまでも深く、何よりも大きな愛に包まれていた。今だって、そうだ。
「今度は私が、選ばなきゃね。」
また視界がぼやけて滲んだ。脚はまだ少しだけ痛む。駆け抜けられるようになるには、まだ時間がかかる。それでも私は、私の道を選んで行かなければならない。
だから私は上を向いて歩こう。ゆっくりでも、涙がこぼれ落ちても、いい。選んだ道を駆け抜けられるようになるまで。
欲しいものリスト公開してて、ファンがじゃんじゃか支援してくれる同人作家も居ると聞いてたまげてる
誰かメンアットワークの重賞制覇をくれよ
あるいはディープボンドのG1制覇
ダノンキングリー産駒のダービー馬でもいいぞ!