「勝ちなさい」と、私のトレーナーは言った。
私は、その言葉に応えるだけの資格があるのか。勝利の栄光は、ただ私の自尊心を肥え太らせただけではないのか。
私の描いた理想は、全てのウマ娘が幸福である世界だ。距離適性、走法、生まれや身分、そんなものを全て超えた先にあるのだと信じていた。
だから私は、頂点を目指した。頂点に立ち、全てを率いる『皇帝』としてこの世界を変えようとした。
トゥインクルシリーズはエンターテイメントである。興行としての成功を呼び込むことができれば、改革される余地はあった。
現理事長は学生たちに非常に懇意であったことも味方した。中長距離王道路線に縛られない、スプリント・マイル路線の拡充、欧米に倣い、明確化され誰もがステップアップしやすく、指標としても機能する独自グレードの施行。
URAは今まさに改革の真っ只中にある。だがそれは、私が守ろうとした人々の心を、幸福を置き去りにしてはいないか。
どれだけ崇高な理想であっても、どれだけ富を勝ち得ようとも、それが望まれぬものであるならば、理解されぬものであるならば、それを成し得る意味はあるのか。
人々が求めているものは、覇道を以って世界を変える「皇帝」だったのだろうか。
馬場に入場すれば視線が突き刺さる。私の首を獲らんとするかのような険しい相貌が虎視眈々と睨みを効かせる。
この世界では、誰もが勝利を願っている。それは悲壮淋漓と言った様でもあり、それは人々の心を惹きつけてしまう。
勝利とは素晴らしいものだ。栄光は時を超えて輝き続ける。それに異論はないだろう。誰もがそれを夢見てこの世界に飛び込んできた。だがその輝きが残す深い影は、私たちの骨の髄まで染み込んでしまう。
私に並び立つ者は居なくなった。競い合い、高めあった友は姿を消した。支え合ってきたトレーナーの心さえ、私は蔑ろにした。ゲートの中は孤独が17個詰め込まれている。この道の行く末に、果たして幸福はあるのだろうか。
あろうことか、空は晴れ渡っている。太陽は私のこころを嘲笑うかのように照りつけていた。暗澹たる思いに、顔を伏せる。
その時だった。
「しまっ…………」
しまった。そう思うには遅すぎた。けたたましい足音だけが残っていた。
ゲートは既に開放され、16名が一斉に駆け出してゆく。
私はなんとか最後方グループにつけた。ここから好位につけることは叶わない。それでも私は、足に力を込めた。
「勝ちなさい」
その言葉に応えるために。