ダートの練習コースでは8人のウマ娘が走っている。その中で一際目立つヤツが居た。
「すみません先輩、チームのこともあるのに。」
「いいよいいよ、気にすんなって。今日はオフだからさ。」
スマートフォンにかかってきた電話は、カノープスのサブトレーナー、南坂からのものだった。南坂はスクール時代の後輩に当たる。
彼はどうやら担当となったウマ娘について苦労しているようだ。
「で、見て欲しいってヤツは?」
「あの子です。」
南坂がその”一際目立つヤツ“を指差した。
一生懸命走っていることは良く伝わってくる。だが、腕はただブンブンと力任せに振られているだけで推進力になっていない。それどころか振られる腕のせいで肩が揺れ、直線であってもふらついている。
「もうデビューはしてるのか?名前は何と言う。」
「スインギーウォークです。一応、デビュー戦は勝ちました。」
「どうして芝を走らせない。」
「あのこのパワーならダートが一番かと。」
スインギーウォークは群れの前目につけていた。だが、3コーナー、4コーナーと進むたびにジリジリと後退し、直線で突き放されてしまった。
「まだ幼いな。確かにパワーはあるが、精神の成長と体の成長が噛み合っていない。どうするつもりなんだ。」
「移籍も、視野に入れています……。」
「そうか、じゃあスインギーウォークを呼んでくれ。」
南坂がスインギーウォークを呼ぶと、笑顔でこちらに駆けてきた。そして──
「みなみーーん!!!」
「ぐぇっ!?」
南坂に飛びついた。
「熱い抱擁だな。」
「スインギーさん、こちらはチーム『カマリ』のトレーナーさんです。ほら、挨拶してください。」
「こんにちは!!」
スインギーウォークは満面の笑みで挨拶をした。彼女がシービーと同世代とは思えない。シービーはやけに落ち着いているからそう見えるだけなのだろうか。
「突然だけど、チーム『カマリ』に入ってくれないかな?」
「やだ!!」
「スインギーさん!?」
スインギーウォークは南坂を盾にして隠れてしまった。
「カノープスを離れる気はないそうだ、どうする?”みなみん“」
「先輩まで……。」
「あれ?トレーナーさんとスインギーじゃん。なにしてんの?」
「あーっ!シービーちゃん!!」
「楽しそうな話してるなら、アタシも混ぜてよ。」
「シービー、一体どうした?」
今日の練習はオフのはずだ。いつものシービーならひとりで練習コースに来ることはない。
シービーがひとりで走るとき、大体は校外を走っている。変わり映えしない景色は彼女の好むところではないからだ。
「いや、ゲームしたくて部室でトレーナーさんを待ってたのに、いつまで経っても来ないから。」
そう言ってこちらに何かを放り投げてきた。手に取って見ると俺のライターだった。
「ゲーム!?ゲームがあるの!?」
「スインギーもやる?『デンジャラスダービー8』やろうよ。南坂さんも来てよ。」
「みなみん!行こ行こ!!」
「引っ張らないでください!スインギーさん!」
スーツの袖を引っ張られ、南坂が引きずられて行く。なんというか、彼も大変そうだ。
「なんで勝てないのー!!やだやだー!!」
ゲームが始まってみると、スインギーは連敗続きだった。初めてこのゲームをするという南坂よりも着順が低かった。
コントローラを放り投げて、手足をジタバタとさせて駄々をこねている。
「キャラクターの適正だよ。スインギーの使ってる『モモイロサクラモチ』はスピードはあるけどスタミナがない。だから回復アイテムをいっぱい取らなきゃいけない。アタシの『モジャモジャバナナ』はスタミナ多めのバランス型だから、回復アイテムをあんまり取らなくてもいい。」
シービーはゆっくりと話しながら、今にも泣きそうなスインギーにキャンディーを渡した。
「レースも一緒だよ、いっぱい考えて強くならなきゃ。次は実際に走って勝負しようか。」
「わかった!絶対負けないよ!」
「じゃあ、今からね。」
「まってぇー!シービーちゃんずるーい!!」
ふたりは笑いながら部室のドアを破壊して走り去った。
「なんか、すみません。」
気まずそうに南坂が笑う。
「あいつらが楽しそうなら、それで良いさ。」
どうして彼女たちがあそこまで楽しそうに走るのか、ヒトの俺たちにはわからない。姿形は似ていても、生物としては全くの別物だ。
トレーナーは彼女たちの世界にただ間借りさせて貰っているに過ぎないのだ。彼女たちの走るという共通言語を理解するために、俺たちはもっと彼女たちから学ばなければならない。
「そうだ、こういうのはどうだ。」
「えっ?なんの話ですか?」
「留学だよ!『カノープス』から『カマリ』にスインギーウォークを留学させるんだよ!」
「唐突ですね……、どういうことですか……?」
「何も移籍させる必要は無い。所属チームを移さずに一緒に練習をすればいい。どちらにも良い刺激になると思うが、どうだ。」
「なんか、先輩らしい考えですね。」
こうして、チーム『カマリ』に留学生が来ることになった。
また一段と騒々しくなる。だがそれは、どこか懐かしくて『あいつら』と過ごしたチーム『ScoAH』での日々のようで、愛おしいものに感じられた。