「ねえ、トレーナーさん。アタシ、このままでいいのかな。」
シービーの耳はいつもと違い、カバーがかけられている。競争のときに用いるメンコではない。ネズミのキャラクターの耳を模したものだ。
首からは可愛らしいイラストが描かれたポップコーンの容器をさげ、手にはカラフルなパンフレットを持っている。
辺りにはカップルや家族連れが溢れる。ここは夢の国。誰もが童心に還る
ビッグカミナリ山*1への列は遅々として進まない。スインギーたちはキャラクターとのグリーティングと記念撮影に行ってしまった。1時間後に大きなお姫様のお城の前で待ち合わせることになっている。
「どうした?待ち合わせまでの時間ならまだたっぷりあるぞ?」
「そういうことじゃないよ。」
雲ひとつ無い良い天気だ。しかしながら来園者の数はさほど多くはない。
今日はNHK杯の開催日。カツラギエースをはじめとする同世代の有力ウマ娘がダービー出走をかけて鎬を削る。トゥインクルシリーズが国民的エンターテインメントとなっている今、夢を見るよりも、夢に駆ける彼女たちの姿を見たいという者も多くなってきたということだろう。
以前、同期とふたりで来たときには人で溢れかえっていた。生憎そのときは関東で重賞が行われていない日だった。
「ダービーか?」
「そう、ご名答。一等賞の貴方には記念としてポップコーンが贈られます。」
ポップコーンの容器が俺の首にかけられた。青い帯状の紐はナイロンでできており、肌触りが悪くチクチクする。
「ずいぶんと立派な優勝レイだな。」
「皐月賞もダービーも、こうはいかないよ。ポップコーンは付いてないからね。」
ポップコーンはあまり食べられていなかった。見た目以上にずっしりとしている。
「皐月賞の優勝レイはこれよりも重いのか?」
「いや、そうでもないよ。他のコが持てば違うだろうけど、少なくとも私にとっては、ね。」
そう言って、シービーは寂しそうに笑った。
「夢の国にもさ、アタシの夢は置いてないんだよ。みんなはさ、夢があって、目標があって、それに向かって一生懸命努力して。」
「正直、羨ましいと思ってる。」
言葉に詰まる。するとまた、シービーが続けた。
「誤解しないでね。出たくないとか、負けたいってわけじゃないよ。ただアタシは、『自由に走りたい』って理由だけで、ここまで来ちゃったからさ。」
「ちょっと今日おかしいな。忘れて。」
「じゃあ、俺の為に走ってくれよ。」
シービーが目を丸くする。しばらくして、少しだけ微笑んだ。
「そんな言葉が出てくるとは思わなかったな。安っぽい恋愛ドラマみたい。」
「そうじゃないさ。お前が勝ってくれれば、ボーナスが弾む。」
「あははっ。」
微笑みは屈託のない笑顔へと変わる。
「千年の恋も覚めるよ、それ。」
「夢なんて、そんなもんだよ。悪く言えば、みんな自分のために走ってるだけだ。」
「そっか……。」
「自分のために走るのも、悪くないかもね。」
「少しは俺にも夢を見せてくれよ。」
「やだよ。」
ひとしきり、大きな声で笑う。
俺たちの周りには夢や笑顔で溢れている。
ここは夢の国なのだ。悲しい顔をしているよりも、大声で笑っていたほうが目立たない。
悲しい顔を笑顔に変えてやるのも、俺の仕事だ。
「また来たいな。」
「お前が勝ったらな。」
「ボーナス弾むもんね。」
またふたり、大きな声で笑った。