最も不器用な三冠ウマ娘   作:Patch

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お前のために

 今年の日本ダービーはメモリアルの年にある。URAは今年の開催にかなりの力を入れているようで、過去のダービーウマ娘特集やウマ娘にまつわるメモリアルイベント、そして限定グッズなどたくさんの企画が行われていた。

 

 東京レース場は人々の雑踏で溢れかえる。この賑わいは優駿が生まれる舞台にふさわしい。

 ミスターシービーは断然の1番人気。ライバルと目されたメジロモンスニーを突き放しての1番人気だ。

 

 

 今日は良バ場。そして、直線が長い府中。最終直線が長ければ長いほど、差し切り勝ちが決まりやすい。

 だが、シービーは道悪を得意としている。良バ場であればメジロモンスニーも侮れない相手となるだろう。

 

 他にも有力ウマ娘は多数出走する。

 

 同じ府中で行われたNHK杯を大外枠ながら1と4分の3バ身差で完勝したカツラギエース。

 一度は土をつけられたピーチシャロー。

 青葉賞、府中2300mというダービーに似た条件の中、人気に応えて勝利したブライトネスマム。

 3連勝してダービーへの切符をつかんだ、波に乗っているサンセットレイク。

 『名手』と言われた敏腕トレーナーチーム所属のロトディタリア。

 朝日杯を勝ったジュニアクラスチャンピオンのウェストボード。

 

 

 総勢21名のウマ娘が名を連ねる。

 だが、そんなことはシービーには関係ない。圧倒的な実力でねじ伏せてくれるだろう。

 

 俺が吐きそうなほどに緊張していることも、シービーには関係ない。

 

 

 

「トレーナーさん。アタシの勝負服、どこ?」

 

「あ、あぁ、カバンの中にある。」

 

 

 皐月賞からダービーへの直行。これは失敗だったかもしれない。シービーの勝負感は鈍っていないだろうか。

 追い切りでは良いタイムを出していた。だが、皐月賞とも共同通信杯とも違う大人数のレースだ。

 

 

 しかしながら、休養のために1ヶ月は欲しい。連続出走をさせれば、本番で気合いが乗り切らない可能性もある。

 

 モチベーション維持のために遊びにも行った。レーシングカートに乗せたのはリフレッシュという意味もあるが、追い抜きの感覚を鈍らせないためのものだ。

 遊園地では、他のウマ娘と比べてこれと言った夢や目標がないという悩みを吐露していたが、最後には笑っていた。

 

 

 きっと、きっと大丈夫だ。

 皐月賞という大舞台を乗り越えて、シービーは大きく成長した。

 

 耳を塞いだり、脚を震わせていないことが、その証拠だ。

 

 

 

「緊張してる?」

 

 

 唐突にシービーが話しかけてきた。

 

 

 

「……ああ。」

 

 

「そうだよね。さっきから膝が笑ってるもん。」

 

 

 俺はシービーのような役者にはなれないようだ。

 この大舞台、輝けるだけのセットがあるにもかかわらず、緊張を隠せない。

 

 春の雨は冷たい。雨が降っていれば、この震えも隠せたはずだ。俺はシービーほど器用ではない。せめてもの悪あがきに軽口を叩くことにしよう。

 

 

「どれくらい笑ってた?」

「そうだね、遊園地に行ったときの私達くらいかな。」

 

「大爆笑じゃないか……。」

 

 

 

 

 シービーは立ち上がり、俺を見つめながら近づいてくる。

 

 

「どうした?シービー?」

 

 

 大きな目がとても綺麗だ。

 

 

 

 

「これ、今日は特別。」

 

 

 

 俺の胸ポケットからタバコを取り出し、一本だけ差し出してきた。

 

 

 

 

「いいのか……?」

 

「じゃあ私は着替えるから。外に出てて。」

 

 

 そう言ってタバコの箱をまた胸ポケットに押し込んでくる。

 

 

 

 

 

 控え室前の廊下は静かだった。流石にここでタバコを吸うのはお行儀が悪い。彼女を見送ってから楽しむとしよう。

 

 

 

 

 

 目の前の扉がゆっくりと開いた。

 

 

 

「綺麗にしてくれたんだ。ありがとう。」

 

 

 シミひとつない綺麗な勝負服。白い袖はこの天気なら眩しいほどに映えるだろう。遠くからでもビスチェの模様ははっきりと見えるはずだ。

 

 

 

「ほら、愛バがダービーを走るんだよ。何か言ってよ。」

「そうだな……。」

 

 

 言うことは既に決まっていた。それでも、少し勿体をつける。

 彼女はこれからスターになる。それならば俺も彼女にふさわしいだけの演技をしよう。

 

 

 

 

 

「自由に走れ。誰のためでもない。お前のためだけに、好きに走れ。」

 

「わかった。」

 

 

 

「じゃあ、行ってくるね。」

 

 

 背中を向け、手を振りながらシービーが歩いていく。ただ見送ることしかできない俺にとって、その背中は大きく、遠く、輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……。」

 

 発走まではまだ少し時間がある。緊張をほぐすためにも一服しよう。

 

 

 

 喫煙席でタバコを一本咥える。

 だが、肝心なものがどこにもない。

 

「アイツ、ライター持っていきやがったな……」

 

 ライターの代わりにジェンガのブロックが、そして蹄鉄が描かれたキャンディーが一本だけ胸ポケットに入っていた。

 

 

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