最も不器用な三冠ウマ娘   作:Patch

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東京 第9R 芝2400m 日本ダービー

 本バ場入場を終えて、シービーはいつになく落ち着いているように見える。近くにいた誘導係員に微笑みかけ、談笑している。

 

 一生に一度、全てのウマ娘が憧れた頂点を決める戦い、日本ダービー。あたりのウマ娘たちの表情は真剣そのものだ。

 観客たちの間にもピリピリとした緊張感が漂っている。先ほどまでの明るい賑わいが焦燥にも似た喧騒へと姿を変える。

 

 下品で粗野な男の大声が聞こえる。若い女の甲高い笑い声がした。

 

 

 彼女達は青春の全てをかけてここに立っている。

 血の一滴、涙の一滴、それさえもこのためにある。だからこそ、トゥインクルシリーズは人の心を動かす。

 

 俺たちが邪魔していいものではない。レースは彼女たちが生きる道であり、彼女たちだけの世界なのだ。

 

 

 シービーは大きな音に怯えていないだろうか。緊張で体調を崩していないだろうか。

 ターフに立つ者に気持ちは、トレーナーには分からない。それでもトレーナー(俺たち)はウマ娘を支え、共に歩んでいかなければならない。観客席とコースを隔てる柵は想像以上に高い。

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響く。

 順を追ってウマ娘がゲートに入っていった。

 

 ダービーは最も運のあるウマ娘が勝つ。

 大外枠に入れば勝てない。最終コーナーを10番手以内で回らなければ勝てないというようなジンクスがある。

 だが、シービーは何物にも縛られない脚がある。重力さえも振りほどく天馬の脚にとっては、そんなものは敵ではない。

 

 自由に走れ、シービー。お前のためだけに走れ。

 

 

 

 ゲートが開いた。

 

 

 全員が前を目指して駆け出していく。シービーは出遅れた。外枠に入ったウマ娘たちが内側に切れ込み、前方が塞がれていく。

 ミスターシービーは最後方。それでも焦りは見られない。

 それでいい。

 

 

 

 先頭はサンセットレイク。2番手にはブライトネスマム。先頭からはおよそ13バ身ほど離れ、コーナーを回っていく。

 苦しいか。だがそれは彼女が描く筋書きの序章にすぎない。ジリジリと、ジリジリと前に出て向正面で中段後方につけた。

 

 隣にはメジロモンスニー。そして1バ身先にはカツラギエース。

 先行集団も大分様子が変わってきたようだ。サンセットレイクとブライトネスマムは少し位置を下げ、単独でマキシマムバーンが後方を2バ身離しての先頭となる。2番手には桜花賞ウマ娘のエルソニアとパインスワロー。

 

 

 先頭が3コーナーに入る。それに併せるかのようにして、シービーは外に持ち出した。

 

 

 主役は遅れてやってくる。だが、誰よりも速く駆け抜ける。

 お前が主役だ、ミスターシービー。

 

 

 




競馬場ではお静かに。
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