「これからケーキを取りに行くけど、シービーもついてくるか?」
「いいや、やめとく。」
「そうか……、まあ、今日の主役だからな。ゆっくりしててくれ。それと、コイツを付けておいてくれ」
「何これ……。」
「外すなよ。じゃあ、行ってくる。」
トレーナーは私の体に幅の広いタスキをかけた。そこにはでかでかと『私がリーダーです』と書かれていた。
「はぁ……。」
やっぱり、付いていけば良かったかもしれない。ひとりだけの部室はとても静かで、退屈と寂しさが充満していた。
「これ、返すの忘れてたな。」
私の手には金属製のオイルライターがある。肌身離さず持っていたのだろう。細かな傷がついていて、フチは丸くなっていた。
火を付けようとヤスリを回してみたが火花が散るだけで火は付かない。どうやらオイルが切れてしまっているようだ。
今から走れば間に合うのかな。
ライターの蓋を閉めるとカチャリと音が鳴った。それを強く握りしめて私は走る。
彼はまだ私に隠れてタバコを吸っている。ライターが無ければ、火はつけられない。忘れ物を届けるという理由は側から見てもどこもおかしくはないはずだ。
外は雨が降っている。こんな日は彼と出会ったときを思い出す。私はあのときと同じように大きな水たまりを踏みつけた。
違和感があった。
着地の感覚がおかしい。
足首が内側に折れ曲がっていく。
足の裏には鋭い痛みが走る。
気がついたときには、水たまりの中に沈んでいた。
打ち付ける雨が少しだけ暖かく感じられるほどに体は冷え切っていた。
アスファルトはゴツゴツとしていて、寝転ぶには向いていない。冷たい風は私の惨めさを笑うように吹き抜けていく。
ここで寝ていたって何も良いことはない。立ち上がって、彼に早く追いつこう。
「いてて………。」
私の脚は言うことを聞かない。立ち上がろうとするたびに鈍い痛みが走る。
おとなしく待っていたほうがよかったのかな。まだ校内の敷地から出られてもいない。きっともう彼はケーキ屋さんにたどり着いてしまっているのだろう。
チョコレートでできたメッセージプレートにはなんて書いてあるのかな。『ダービーウマ娘』かな、それとも『二冠ウマ娘』かな。
そんなことを考えながら、立ち上がれない私はまた硬い地面に寝転がった。それしかできないから、そうするしかなかった。
惨めだなぁ、そう自分を評すると他人事のようでどこか可笑しい。私の他に笑ってくれる人はどこにも居ない。
急に寂しくなった。誰かが笑ってくれれば、そうはならなかったかもしれない。
雨が私の頬を打つ。それと一緒にあたたかな雫が流れて行った。
「ほぎゃぁぁあ!!何してるんですか!?ってシービー先輩じゃないですか!!!!!!」
突然、汚い叫び声が聞こえた。栗毛のウマ娘が私の顔を覗き込む。彼女は何故か大きな水晶玉を手に持っていた。
「ねぇ、起こしてくれない?立てなくてさ。」
「二冠ウマ娘のミスターシービーさんの頼みであればお安い御用です!!シービー先輩はトレセン学園の宝と言うべき──」
「そういうのはいいから、お願い。」
「あっハイ。」
彼女の肩を借りてなんとか立ち上がる。痛むのは片足だけ、折れている訳では無さそうだ。
「ひとまず
「ごめん、そこに落ちてるライター、拾ってくれない?」
「もしや…!先輩はタバコをお楽しみに…!?」
「違うよ、トレーナーさんの私物。」
「あっスミマセン。」
「動きますね。」
「うん。」
ゆっくりと脚を動かす。向かう先には紫色の布が張られた小さなテントが設営されていた。彼女の手を借りて椅子に腰掛ける。
「助かったよ、ありがとう。」
「ここでいつも占いをやっているんです!狭いですが、ゆっくりして行ってください!」
「ところでキミ、名前は?」
「あっ申し遅れました!マチカネフクキタルと申します!」
彼女は直立不動でニンマリと笑う。何故かはわからないが妙な親近感を覚えた。