「ねえ、トレーナーさん。ここは禁煙だよ?」
不意に後ろから声をかけられる。何か面白いものを見つけたかのような弾んだ声だ。この声は聞き覚えがある。
「見に来てくれたんだ、選抜レース。」
「……ここからターフが見えると思うか?」
今日は選抜レースが行われる。だが俺は学園の隅にある焼却炉の横でもくもくと紫煙と戯れている。もちろんここからターフを見ることなどできない。
「お前は出ないのか、選抜レース。」
「嫌だなあ、アタシはウマ娘だよ?立派な出走名があるんだから、それで呼んでよ。」
はあ、とため息をつく。それと同じくして淡い紫色の煙が辺りに広がった。
「ミスターシービー、どうしてお前はここにいるんだ。」
「観覧席に退屈そうな顔をしたトレーナーさんが居なかったから、探しに来たの。おハナさんに聞いたら、此処に居るって言ってた。」
「ハナのヤツ、余計なことを……。」
「こんな理由じゃ不服かな?」
「その退屈そうな顔、やめたら?あとタバコもね。タバコなんか吸っててもモテないし、そんな顔してたらせっかくの色男が台無しだよ?」
黙っているとシービーが俺に言った。
何も好きでこんな顔をしているわけではない。その理由も知らずにからかうような口調で続けるそれに苛立ちを覚える。だがそれに対して上手く返す言葉が見つからない。本当のことを言ったとしても、それはただ哀れになるだけだ。
「俺をからかうなよ……。」
「悔しいならさ、アタシのレースを見てよ。どうせスカウトするコも決まってないんでしょ?」
「いや、シンボリルドルフをスカウトする。」
「ああ、ルナちゃんか。」
手で口元を押さえながら、ミスターシービーがそう言った。
「何がおかしい。」
「ルナちゃんは今日の第10レース、アタシは今日のメイン、第11レースを走る。この意味、トレーナーさんならわかるよね。」
「お前まさか……!」
どんなときでもメインレースは観客が多くなる。それはメインレースは競争の最後を締めくくる花形であり、強いウマ娘が出ることになる。ミスターシービーはそのシンボリルドルフ以上の才能を持ち合わせているとでも言うのだろうか。
「良い顔になったね。」
ミスターシービーはそう言ってから口元を押さえて笑った。
「まあでも、ルナちゃんはまだ本格化の
「そういうことか……。」
理由を知って落胆する。だが、本格化前であるにも関わらず、準メインレースを走るということに、シンボリルドルフの底知れない強さを感じた。
「今日のメイン、3コーナーの前に立っててよ。面白いものが見られるかもよ。」
「早仕掛けでもするのか?」
俺の言葉を無視するかのように、ミスターシービーは続けた。
「面白かったらさ、アタシをスカウトしてよ。トレーナーさんとならもっと、面白いものが見られると思うんだ。」