最も不器用な三冠ウマ娘   作:Patch

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肉刺

「しかし()()()とは、()()が良いな。フフッ、予後は安定しているということか。」

「面白いね。面白いよ、面白い。」

 

「そうだろう?今思いついた傑作だ。」

「うん、良いと思うよ。うん。」

 

 

「だがフォークを忘れるというのは、キミのトレーナーらしい。」

「かわいいでしょ?ルナちゃんもアタシたちのチームに入る?」

 

「魅力的な提案だな、だがやめておくよ。キミに比べると、私は少し太りやすいのでね。」

 

 

 トレーナーはケーキの入った箱だけを置いていった。プラスチックのフォークも紙皿も入っていない。そして、急いで来たのかほんの少しだけケーキの形が歪んでいた。

 

 

「こういうのはさ、食べられればいいんだよ。誰も見てないんだし。」

 私はその歪んだケーキを手で掴んだ。ひとくち食べても、味は変わらない。いつものショートケーキだ。

 

 三日月の彼女は、少しだけ驚いた顔をしていた。

 

「食べないの?」

「いや、頂くよ。」

 

 私と同じようにケーキを手で掴む。柔らかく、とろけるようなスポンジは彼女の想定を上回るものであったようで、歪んだケーキはその手の中でまた形を変えてしまった。

 

 

「天馬行空だな、キミの走りにも、キミの振る舞いにも、私は驚かされてばかりだ。」

「そうなの?知らなかったな。」

 

「どうしてキミはそんなことができるんだ? いつもキミは私の常識の遥か上を走っている。ダービーもそうだが、今日もそうだ。」

「アタシはただ、モノを知らない人だけだよ。そんなに褒めるなんて、珍しいね。どうしたの?」

 先ほどの獣の目は鳴りを潜めていた。ただ彼女の目は、薄暗い部屋のどこも映さずに手元の潰れたケーキをぼんやりと眺めていた。

 

 

「レースが……、途方もなく恐ろしいんだ…………。この日差しの中でも、寒気がするくらいにね。」

 

 彼女の手が少しだけ動く。だがその手の中にはケーキがあった。握り締めることができなかった手は、ゆっくりと彼女の口もとに運ばれる。

 

 

 

「ルナちゃんはさ、夢とかあるの?」

 

 私がそう言うと、クリームが付いた唇が震えながらゆっくりと動く。

 

 

「私は……、全てのウマ娘の幸福を願っている。生徒会に入ったことも、そのためだ。」

「素敵な夢だね。」

 

「怪我に泣き、適正に悩むウマ娘は多い。走ることができなくなれば、トレセン学園には居られない。私は八大競争の勝利を至上とするこの環境を変えたいと思っている。」

「具体的には何をするつもりなの?」

 

「国際グレードを導入する。そして、短距離からマイル距離の路線を拡充し、幅広い適正のウマ娘がトレセン学園に所属できるよう間口を広げたい。同時にレース部門だけでなく、サポート部門の拡充も行い、ウマ娘からウマ娘への技術の継承が行える環境も作っていく。」

 

 

「だから私は、負けるわけにはいかない。例え相手がキミであってもだ。」

 

 

「じゃあ、ルナちゃんの幸せってなに?」

 

 

 

 私の言葉が彼女に突き刺さる手応えがあった。

 急に蝉の鳴き声が大きく感じられる。

 

 私は目の前の沈黙を追い越すように話を続ける。

 

 

「アタシのトレーナーさんはね、レースの前に必ず『好きに走れ』って言うの。アタシはルナちゃんとは違って、『自由に走りたい』って理由だけで、ここまで来ちゃったからさ。」

 

 

「夢の実現とレースの結果は確かに関係があるかもしれない。でも、『走りたい』って気持ちが縛られちゃうのは、アタシは良くないと思う。」

 

 

「だって、レースが始まったら、そこは『アタシたち』の世界。でしょ?」

 

 

 

「もっと自由でいいんだよ。夢も、レースも、走りかたも。」

 

 

 私がひと通り言い終わると、しばらくしてまたクリームの付いた唇が動く。

 

 

「そうだな、そうかもしれない。私も『ScoAH(スコアー)』に入るべきだったと思ってしまったよ。キミのトレーナーはおハナさんがライバルだと認めるだけあるな。」

 

 

「今のチーム名は『カマリ』。あと、さっきから唇にクリームつけっぱなしだよ。」

 

 

「そういうのは早く教えてくれ。私の感動もコミカルになってしまうだろう。」

「ルナちゃんの駄洒落よりは面白いよ。」

 

 

 私がそう言うと、唇を拭いながら三日月はゆったりと揺れた。

 

 

「精進せねばな。」

「流石に駄洒落は勘弁かな。この日差しの中でも、寒気がするよ。」

「それも課題ではあるが、私も知らないものが多すぎた。キミと私では目指すものも、見えているものも違うようだ。」

 

「そうだね。」

 

 

 夢を語ったときのように、またゆっくりと唇が動き出す。どうやら彼女にはもうひとつの夢ができたようだ。

 

「いつか、ミスターシービーと一緒に走りたい。キミの猛追から逃げ切ってみせるよ。」

「ルナちゃん、いや、シンボリルドルフが悔しがる顔、楽しみにしてるから。」

 

「演技の練習もしておくよ。『ターフの演出家』が作る舞台では、それ相応の『役者』でありたいからね。」

 

 

 

 言葉の応酬は終始笑顔で行われた。彼女と共にデビューが出来たら、ともにクラシックの奪い合いが出来たら、どれだけ面白いレースになっただろうか。

 同期のウマ娘たちがつまらないというわけではない。ただ彼女にはそう思わせるだけの期待と自信、そして『絶対』を思わせるような何かがあった。

 彼女と共に走れば、『絶対』に面白くなる。最高の喜劇、最高のショーになるのだと確信した。

 

 

「私はそろそろ行くよ。手を拭きたいからティッシュか何かをいただけないかな。」

 

「じゃあ、こっちに来て。」

 

 

 彼女の指にはクリームがべっとりと付いている。私はその手を取り、舌で綺麗に舐めとった。

 

 

「全く、キミには常々驚かされるよ。」

「クリームがいちばんおいしいんだから、もったいないよ。」

 

 私がそう言うと、彼女も同じように私の手を取った。

 

 

「ルナちゃんもそういうことするんだね。」

「なに、キミの流儀から学んだだけさ。」

 

 

 彼女は穏やかに微笑む。微笑むたびに揺れる三日月はいつもよりも大きく見えた。

 

 

 

「キミやキミのトレーナーのような存在こそ、生徒会、いやURAを率いていく存在になると思っている。どうか、検討してはくれないか。」

 

 

 去り際に彼女が言う。

 

 

「それはできないかな。堅苦しいのはニガテなの。」

 

 

「そうだったな、忘れて欲しい。キミは何事にも縛られず、自由であることが一番似合っている。」

 

 

 

 

「キミは私が知る最も自由なウマ娘だよ。」

 三日月がもう一度揺れた。

 

 

 私は杖をついて立ち上がり、彼女を見送る。

 足の裏にできたマメが擦れ、少しだけ痛い。

 

 

 

 

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