最も不器用な三冠ウマ娘   作:Patch

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ガラスの足

 シービーの居ない部室はやけに静かだった。シービーが倒れた後、スインギーがひとりで片付けをしてくれたという。あのとき崩れたジェンガは丁寧に箱の中に収められている。

 少しだけ、彼女の匂いがする。使い終わったタオルの洗濯を忘れていた。男と女ではなぜこうも匂いが違うのだろうか。麝香のような甘い匂いに少しだけたじろぐ。柔軟剤を替えるべきだろうか。

 

 

 彼女はしばらく走れない。足の怪我自体はそれほど重篤なものではないが、再発を防止するためにも練習器具の見直しが必要だ。

 

 彼女の入院生活を快適にするためにもやるべきことはたくさんある。汗を拭くにしても、消毒液の匂いが染み付いた肌触りの悪いタオルよりも、良い香りのフワフワのタオルのほうが良いだろう。替えの下着や服装などは俺の手には負えないので、スインギーや彼女の友人であるシンボリルドルフなど、他のウマ娘の手も借りよう。

 

 

 今日は良く晴れている。今から洗濯してもすぐに乾くだろう。

 彼女がもう一度走り出すときは、楽しく走ってほしい。笑顔になってほしい。悲しそうな顔をしているのは、アイツには似合わない。俺はできるだけのことをして、その時が来るのを待とう。

 

 

 棚から全てのタオルを引っ張り出し、洗濯カゴにブチ込む。心機一転、厄落としだ。勝負服もジャージも靴も全部洗ってもいいかもしれない。少しだけ罪悪感があるが、彼女のロッカーを開けた。

 

 

 彼女の匂いに加えて、何か別の匂いが混じる。

 遊園地で買ったポップコーンの容器が置かれていた。

 

 だが、そんな匂いではない。錆びた鉄のような匂いだ。蹄鉄が劣化してしまったのだろうか。

 

 

 彼女の靴を持つと、コロリとボールのようなものが転がり落ちてきた。靴用の芳香剤だ。女性としてやはり匂いが気になるのだろう。

 靴裏を確かめる。付けられている蹄鉄は摩耗しているが、まだ十分に使えそうだ。靴の表面自体も汚れていたり、破損しているということもない。

 

 

 これ以上乙女の靴を検めるというのも良くない。彼女の言葉を借りれば、すごくキモい。

 

 彼女はシンデレラではない。ガラスの靴であったならば、まじまじと見つめることも許されただろう。魔法をかけられたわけでもない、自らの足とこの靴で階段を登って行ったのだ。

 

 

 転がり落ちた芳香剤を元に戻す。するとまた、鉄のような匂いがした。

 

 

 

「まさか………。」

 

 

 

 靴紐を解く。匂いが強くなった。

 彼女の靴の中敷きは茶色く変色していた。

 

 

 

 これは血液だ。足にマメができやすい彼女は走るうちに足から出血してしまうのだろう。

 

 

 無力感に苛まれる。

 消炎剤を塗ったときに触れた彼女の足は硬かった。昔からマメができやすいとも言っていた、それに慣れてしまったとも言っていた。

 

 

 マメができれば、もちろん痛い。だがそれに耐えながら彼女は走っていた。

 ならば、倒れたときの痛みは想像を絶するものだったに違いない。

 しかし、彼女はそれを隠すように笑っていた。冗談を言いつつも、何事もなかったかのように椅子に座っていた。

 

 

 

 俺は知らないことが多すぎた。

 彼女にふさわしいトレーナーなのだろうか。

 

 

 

 

 中敷きにはシミこそあるが、血液そのものが付いているわけではない。俺の知らないところで洗っていたのだろう。

 それでも、血液の匂いが染みつくほどに彼女は走っていた。

 

 彼女のキレのある末脚に、足の自体が耐え切れていない。今でこそマメで済んでいるに過ぎない。

 

 彼女の脚質は追い込み。3コーナー前からの仕掛けを得意としている。しかし、菊花賞でそんなことをすれば、最悪の事態もありうる。3コーナーで待ち構えるのは、高低差4mの『淀の坂』。柔軟性に乏しい彼女の足裏は大きな弱点となる。

 

 

 

 おハナさんの言っていたことは当たっていた。先行策をとらせ、粘って勝つ方が足への負担は少ない。

 これからを考える上ではそうしたほうが彼女のためだ。

 

 

 靴も蹄鉄も更に軽いものに替えよう。中敷きはクッション性の高いものに替えよう。

 怪我をすれば、走ることすら叶わなくなる。彼女の『自由に走る』という夢は潰えてしまう。

 俺はトレーナーだ。彼女の夢のために尽くしたい。彼女の喜ぶ姿こそが、俺の幸せだ。

 

 

 靴を仕舞い、洗濯カゴを掴む。

 これから、大きな仕事が待っている。クラシック三冠は険しい道のりになるだろう。

 だが、ふたりならばきっと走りきれる。そう思い、部室の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 扉の先には、ひとりの女性が立っていた。

 

 

 

「たづなさん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読まなくてもいい後書きです





マンハッタンカフェ、天井まで回しました。
シナリオが良すぎる。

タキオンとカフェは私の処女作「report:超光速の粒子とその行方」で描いたのですが、もうなんか完全敗北です。シナリオ良すぎる。

「report:超光速の粒子とその行方」はかなりの自信作でした。正直なところ、この「最も不器用な三冠ウマ娘」がクオリティという面で超えていけるか不安になるくらいです。
「report:超光速の粒子とその行方」の存在が大き過ぎて、1作品エタらせてしまったこともあるレベルです。

もちろん、今作こそ超えられるだけの作品にはしたいと思っています。それだけ「最も不器用な三冠ウマ娘」は気合いを入れて描いています。



でも、カフェの公式シナリオはその遥か上にいます。正直心が折れました。無理です。私にはあんなシナリオ描けません。泣きました。

感動でも泣きましたが、悔しいという想いのほうが強いです。マジでプロってすごい。私みたいなのがかなうはずもありません。もうやだ。


ああいう作品書けるようになりたいな。ほんと。
この作品を面白いと思って読んでくれている方には失礼なのですが、正直全然追いつけている気がしません。

なのでシービーのように追い込みをかけていきたいです。ガチモードです。シングレ的に言えばゾーンです。
スインギーも諦めないことが大事って言ってたからね。
大どんでんドンドコ返しします。シービー得意の大逆転です。

いやほんとマジで悔しいです。
精進します。私も知らないものが多すぎました。

あとケーキ食べたいです。
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