「立てるか?」
「大丈夫だよ、石は踏んでないから。」
冗談を言って立ち上がる。その後に、彼が手を差し伸べていたことに気がついた。
部室にはジェンガのブロックが散らばり、バランスボールが窓の端まで転がっていた。この状況は私が痛みで倒れたときの状況にも良く似ていた。
今にも泣きそうな彼の手は、ゆっくりと腰の横まで戻っていく。
「ごめん、冗談でも言っていいことと悪いことがあるよね。」
彼は無言で背を向ける。
「ごめん……。」
行くぞ、とだけ言って、そのまま歩いて行った。
彼の車に揺られている間は、とても静かなものだった。ラジオからは何も流れて来ない。雨が車体を打つ音と、ワイパーが窓を擦る音だけが私たちの間にある。
「さっきはごめん。」
「良いさ、石を踏んだ訳じゃないんだろ。」
彼の吐息には、煙草の香りが混じる。
「何かあったの?」
「いや、………」
何かが続けられるはずだったのだろう。彼は突然口ごもる。
しばらくして、何かを思いついたかのように鼻を鳴らし、口角が上がった。その姿は何かを嘲っているかのようで、不快感がある。
「歴史に名を残す未来の三冠ウマ娘さんが、バランスボールに乗りながら、素っ頓狂な声を上げて転がってくのを見たんだ、呆れもするさ。」
「ねぇ、正しいこと言わないでよ。何も反論できなくなっちゃう。」
彼の言葉にはどこか嘘臭さがあった。彼が何かから逃げたいと思っているときは、いつもタバコの香りがする。
今のこの香りは、きっと私のせいだ。だから私はそれを追求しないでおいた。
彼の前では弱みも見せられる。だが私はそれ以上にいい女でありたい。
共に走っていけるこの関係を壊したくはない。冗談めかして笑いながら、いつも私の先に彼は立っていた。それを必死に追いかけたからこそ、今の私がある。
彼の演技はいつもヘタクソだった。だから私は彼の気持ちが痛いほどに分かった。
だから私は、彼の演技に目を瞑る。
きっと、彼には悲しいことがあったはずだから。
ターフの演出家は私である。私がOKサインを出せば、それでいい。
ズタ袋みたいな演技も、歌が良ければ名作になる。歌もヘタクソだったとしても、終わってしまえばどうということはない。だから私は彼が演技をしなくても良くなるまで目を瞑って待つ。
女優はいい女を演じるものだ。私は女優になれるだろうか。演技をして、演出もする。忙しそうだなと笑ってみる。
外は雨が降り続く。彼に出会ったときのことがぼんやりと思い出された。
私がタオルを渡した後、彼は雨の中で歌いながら踊っていた。それが面白くて、彼を不審者として学園に連絡したんだったっけ。
歌っていた彼の気持ちがようやく分かった気がした。
あれは演技ではなくて、本心から来るものだったのだろう。
私は同じ曲を口ずさんでみた。
「やけに古い曲だな。」
彼は前を向きながら私に呼びかける。運転中だから、それはしょうがない。
「どうした、シービー。」
「知らないの?雨に歌えば、晴れやかな気分になるんだよ。」
私は女優として笑ってみせた。
別衣装ルナちゃんのイベントにシービーが出てくるらしい。
やばい、実装近いのか?
シービー実装前には完走したい。
どうせまたバチクソに極まったシナリオの完成度で心折られるから。