「どういうことなんですか、BHGAに
部室の扉が開くと同時に、彼らしく無い大声が響く。
「先日、内示が出たばかりだ。カノープスのトレーナーも出向になるそうだな。」
「はい……、ウチのトレーナーは歳も歳ですからわかるんですけど、シービーさんの菊花賞もありますし、先輩はまだこれからじゃないですか。昇進コースと言えば聞こえは良いですけど、あんまりです。」
「そうだな、だが理事長は『猶予がある』とも言っていた。それを信じるしかないだろう。」
「そう、ですね……。」
「まあ出向に関しては上が決めることだ。それよりもシービーの菊花賞について頼みがある。」
俺がそこまで言うと、南坂は何かを察したかのように話し始めた。
「もしかして、シービーさんを先行させるんですか?」
「ああ、だから追い手が欲しい。スインギーを頼めるか。」
シービーが持つ天性のスピードはトレーナーから見れば先行策向きということは分かる。だが、彼女のゲート難がそれを許してはくれない。
ゲート難の原因はおそらく足にもあるだろう。スタートでは加速するために足に重大な負荷がかかる。彼女の固い足裏ではなおさらであり、それが原因でマメができる。
長距離レースではこれまで以上に集中力と強い精神性が求められる。フィジカル、メンタルともに強い
追い込みは危険すぎる。仕掛ける場所を誤れば勝つことはできない。彼女の勝負感を頼るよりも、足元を盤石に整えることができればそれに越したことはない。
だが南坂は静かに首を横に振った。
「無茶ですよ……、そもそも能力が違いすぎます。スインギーはつい最近芝の2000で負けたんですよ?」
「頼む。シービーのためだ。」
「こんなこと言いたくありませんが、スインギーさんは長距離への適応力が低いです。トレーニングといえば聞こえは良いかもしれませんが、彼女を苦しめるような真似はさせられません。」
「いいよ、わたしやる。」
その声と共に部室の扉が開いた。あどけなさの残る顔つきから発せられた思えないほど落ち着いていて、真に迫るものがあった。
黄金色の瞳がふたつ、キラリと光る。
「ズルいよ、ふたりでひみつの作戦会議なんて。」
「スインギー、お前どうして」
「みなみんが部室に居なかったから、カマリの部室に居るかも知れないと思って来てみたの。」
「エヘヘ、全部聴いちゃった……。」
「スパイみたいで、楽しかったよ?」
照れ臭そうに笑いながら頭を掻く。しっぽは左右に揺れながら、耳は垂れ下がっている。彼女の目は傾いた日の赤い光を反射させながら、少しだけ充血していた。
「スインギーさん、本当にやるんですか?」
「やる。」
「辛いものになりますよ。いいんですか?」
「……やる。」
「シーちゃんは、ケガをしても頑張ってるもん。だからわたしもシーちゃんみたいに頑張りたい。」
「それに、わたしもみなみんとお別れするの、イヤだもん。」
「あきらめないことが、いちばん大事だから。」
スインギーがそこまで言うと、南坂は困ったかのようにため息をつく。
「負けても知りませんよ、スインギーさん強くなりましたから。」
南坂は眉尻の下がった顔で、笑いながらそう言った。