「いくぞ!!短距離でも集中しろ!!」
トレーナーからの檄が飛ぶ。その後まもなくして、ゲートが開いた。
一瞬にして私は前を取られてしまう。その背中に追いついたと思ったところで、100mは終了した。
毎日同じメニューをこなす。私は併走相手のスインギーウォークと勝ったり負けたりを繰り返していた。
スタートでは私の分が悪い。距離が短くなればなるほど、その差は大きく結果に影響する。
私の脚ならば1200mや1600mまでならなんとか取り戻せるだけの距離がある。しかし、100mという極めて短い距離ではそれができない。
「手を抜くな、全力でいけ。」
「そんなこと言ったって……。」
もう何度走ったか分からない。私にもスインギーにも限界が近くなってきている。この日はいつにも増して暖かく、そして厳しいトレーニングを行なっていた。
トレーナーはあの日から人が変わったかのように厳しくなった。菊花賞は確かに難しいレースである。勝ちたいという思いは私も彼も一緒のはずだ。スインギーだって、私のために一緒に走ってくれている。
だが、彼の態度は傍若無人とも言えるほど冷たい。私が不甲斐ない走りをしているからだろうか。
それとも、スインギーに負けていることが気に食わないのだろうか。私は二冠ウマ娘、スインギーは条件戦を戦うウマ娘。確かに勝ったレースの格の差はあるけれど、以前の彼はレースの格でウマ娘を値踏みするなんてことはなかった。
今の彼はほとんど笑わない。そのかわりに私を見ては悲しそうな顔をすることが多くなった。初めて出会ったときのような、何かに絶望してしまったかのようなそんな顔をする。
菊花賞で負ける。それがトレーナーの立てた予想だ。私の実力では叶わないと、私の脚はここまでなのだと、そう思って失望したのだろう。京都新聞杯では惨敗したのだから。
「ラストもう一本、その後は軽い
「まだやるの……?スインギーだってもう限界だよ!」
「シーちゃん、走ろう。わたしは、……まだ大丈夫だから。」
スインギーは青い顔をしながらも、ゲートの中に入っていく。こうなると、私も走らないわけにはいかない。
「いくぞ。」
小さな声ではあるが、低く力強い声がしてゲートが開く。
スインギーは絶好のスタートを切る。夏を超えた彼女は見違えるほどに速くなった。
出遅れた私との差がぐんぐんと開いていく。
追いつけない。
私には先行策を取ることができない。
彼の言葉が私に深く突き刺さる。
私は菊花賞で負ける。
そう思ったとき、目の前のスインギーが失速し始めた。大きく体制を崩し、ゆっくりと倒れていく。
「スインギー!!!」
「シーちゃんは………、走って…………。」
駆け寄って体を抱えると、彼女は先ほどまで飲んでいたドリンクを吐き戻してしまっていた。
「シービー、お前は何をしている。」
冷たい声が後ろからした。振り向くとトレーナーが立っていた。
その声がトレーナーのものだと理解するまで、しばらく時間がかかった。
「お前はレース中に立ち止まるのか。」
「スインギーはお前のために走っているんだぞ。」
なにかが切れた感覚がある。何か得体も知れないものが溢れて私の頭を埋め尽くしていった。
「そうだよ。」
「アタシは止まるよ、レース中でもね。」
思ってもいない言葉が口をついて出る。本当は違うのに、私はその言葉を抑えることが出来なかった。
「あんたがどう思ってるか知らないけど、アタシはアンタの為にも、スインギーの為にも走ってる訳じゃないから。」
きっつ……