「ごめん、頭冷やしてくる。」
彼女の鼻は赤く染まる。目には涙を浮かべ俺を強く睨む。
シービーはひとことそう言い残し、履いていた靴を投げ捨てて歩いていった。
彼女が素足で踏みしめた地面には赤い跡が点々と続いていた。
また、壊してしまった。
彼女が歩んできた道は文字通り血が滲むような努力があったからなのだろう。
それをひた隠しにして飄々と笑っていた彼女は、また同じように俺のもとを去っていく。
俺が悪かった。そう言おうにも遅すぎる。崩れてしまったあとに残るのは、そうあるべきだったという後悔とこの胸を苛む痛みだけだ。
「トレーナーさん……。」
背後から弱々しい声で俺を呼ぶ声がした。
「スインギー、大丈夫か?大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ちょっと気持ち悪くなっちゃっただけだから。」
青い唇がぎこちなく笑顔を作る。その笑顔を向けられることが、なによりも重い罰のように思えた。
「すまない、スインギー。」
「ごめんなさい。わたし、短距離は得意なはずだったんだけど。」
「服も汚しちゃった……。みなみんに謝らないと……。」
「すまなかった……。すまなかった……。」
いくら謝ろうとも、スインギーはただ笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。
怒ってくれれば、どれだけ楽なことか。泣いてくれれば、どれだけいいことか。
以前と比べて幾分か大人びた彼女は、ただ何も言わず優しく微笑み返す。
「大丈夫、わたしはちゃんと『やる』って約束したから。」
「走り切れなかった、わたしが悪いの。」
色が失われた唇を噛む。悔しさとともに血液が滲み出ている。
「次は
「もういい、もう終わりにしよう。」
今日は暖かい。短距離走を繰り返し行ったことで体温が上がり、のぼせてしまっている。
スインギーの体格はシービーよりも大きい。体を動かせば、体の大きさがあるぶん発熱量も大きくなる。これ以上走らせるわけにはいかない。
それでもスインギーはゆっくりと首を横に振った。
「わたしは、シーちゃんのためだけに走ってるんじゃないよ。」
「シーちゃんみたいに、強くなりたいから走ってるんだよ。」
「自分のために、走りたいの。」
自分のために走る。それはかつてシービーにも言った言葉だった。
「トレーナーさん言ってたよね、『八大競走を目指す』って。」
「わたしはまだ条件戦しか出られてないけど、いつかは出たいって思ってるよ。」
「シーちゃんみたいに、思いっきり追い込みをかけていちばん先にゴールしたい。」
「わたしは、わたしの夢を諦めたくない。」
あどけなさの残る彼女の目に黄金色の火が灯る。
夕日の煌めきをその目が反射していた。
「一度、体を冷やそう。俺と一緒にコースをゆっくり回ろう。」
汚れてしまった上着を受け取り、肩を貸す。
茜色の光がゆっくりと歩くふたりだけを照らしていた。
そこにシービーは居ない。
この日以降、彼女が練習に姿を表すことは無かった。