ひとりは寂しい。
このレースが終われば、あなたはイギリスへと行ってしまう。残された時間を噛み締めることしか、私にはできない。
あなたと居た1秒が何よりも幸せだった。あなたから、たくさんの贈り物をいただいた。
楽しかった、嬉しかった。思いだけが溢れるばかりで、あなたにはまだわずかなものしか返せていない。それどころか、あなたの最後の贈り物をないがしろにしてしまった。
『自分のために、好きに走れ』と言っていたあなたが、何の理由もなく先行策を提案するわけがない。あなたが居なくなっても勝てるようにと最後の贈り物として授けようとしてくれたものが、先行策だった。
スインギーだって、理解していたはずだ。それでも私は先行策を取ることができなかった。
苛立ちはどんどん溜まり、あの日ついに暴発した。あろうことか、靴まで壊してその場から逃げた。
優しい彼は、ずっとそこに居た。どこにも行ったりしていない。私を見守ってくれていた。彼の厳しさは私への思いの裏返しだった。
彼は私のずっと前を歩いている。行くべき道をいつも示してくれていた。
もっとあなたと一緒に居たい。でもあなたは私を置いて世界へと羽ばたいて行く。
止めることはできない。私は彼を縛る鎖にはなりたくない。
だから私は、笑顔で見送ろう。お祝いをしよう。今だけは雨も涙も必要ない。
私は追いかけることだけは得意だ。いつか、彼のもとに追いついてみせる。
後方待機一辺倒の追い込み。私にはそれしかできない。それでも、私の『シービー戦法』であなたのもとに真っ先に向かってみせる。
菊花賞の平均タイムは3分と数秒。それでも私はその1秒が惜しい。だから誰よりも早くあなたのもとに帰ってきてみせる。
帰ってきたら、一緒にケーキを食べたい。たくさん話して、冗談を言いながら笑ってケーキを食べよう。
今日は私が奢りたい。今日だけは、あなたのために走りたい。
返しウマは終わり、ファンファーレが鳴る。その音に驚くかのようにして、池*1から白鷺が二羽飛んでいく。
どこに行くのだろうか。この空はどこにでも繋がっている。翼があればどこにだって飛んでいける。
つがいだろうか、並んで飛ぶ姿は羨ましく思える。
ゲート入りが完了し数秒、私が飛び立つ番が来た。
先頭はビーラヴァリー。そしてアーハが続く。
あなたが飛んで行ってしまっても、私は大丈夫。
私はあなたを追いかけてゆくから。
見えないほど遠くなっても、あなたが居るだけでいい。
私は最後方。あなたのために、私の走りをしよう。