「浮かない顔ね。あなたの教え子がこれから三冠ウマ娘になるのよ?」
関係者専用の観客席には珍しい顔があった。彼女は教え子であるシンボリルドルフとともに俺の前に腕を組みながら佇んでいる。
「わざわざここまで足を運んでいただけるとは、光栄だね。」
「久方ぶりに三冠ウマ娘が誕生しようと言うのだから、見逃さないわけにはいかないわ。」
「まだ発走もしていないだろう。ずいぶんとあいつを買ってるんだな。シービーが欲しくなったのか?」
俺がそう言うと、彼女は眼鏡の位置を直しながら鼻を鳴らした。
「あの子をウチのチームに欲しいと思っていることは否定しないわ。でも、シービーを買っているのはシンボリルドルフなのよ。」
「俺が居なくなってもあいつは安泰だな。何せ天下のリギルさまが後見人になってくれるんだから。」
「そうね、
ガラス越しにふたつの目が俺を見下ろす。その下まぶたにはくっきりと青黒い隈ができていた。
「言ってることがおかしいぞ。お前もあいつの適正を知らないわけじゃないだろう。ずいぶんと寝てないようだが、根を詰めすぎじゃないのか?」
「あなたに言われたくないわ。シービーを探して、夜中まで走り回っていたんでしょう?」
「それは、少しだけ違うな。」
「どういう意味よ。」
「寝ようとしても、あいつが夢に出てくるんだ。」
「怪我をしたことがあっただろう。あのときのことが何度も夢に出てくるんだ。」
「詳しく聞かせて貰えるかしら。」
これを言うことに恥じらいが無いわけではない。だが俺は、ふたりに聞いて欲しかった。俺たちのように、すれ違って欲しくはない。
ハナは不器用なところがあるから、誤解されやすい。
「ルドルフ、お前にも聞いて欲しい。このことだけは、シービーに言わないでくれ。」
「わかりました。」
返しウマをしている様子を眺めていたルドルフがこちらに向き直す。獅子のような威厳を持つ目はシービーのそれとは違っていた。
シービーとルドルフは走法も脚質も全くもって対照的だ。互いに持たざるものを求めるように、ふたりは惹かれあっている。
その間に俺たちトレーナーが介在する余地はない。ふたりはいずれぶつかり合うことになるだろう。
ファンファーレが鳴り始めた。それと同時に二羽の白鷺が飛び立っていく。
まるで競い合うように飛ぶその二羽を遮るものは何もない。
「もう発走時間ね。また後で聞かせてもらえるかしら。」
その言葉と同時に、ウマ娘がゲートから飛び出していった。