最も不器用な三冠ウマ娘   作:Patch

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退屈そうな顔

 私が彼を初めて見たのは、雨の日だった。

 

 

 ボサボサの髪で、ヨレヨレのベスト。合皮の革靴は水たまりの中に浸かっていて、傘を差しているというのに背負っているリュックはぐっしょりと濡れていた。

 彼は花の咲いていない紫陽花の前で立ち止まり、それをずっと眺めていた。

 彼に何があったのかはわからない。憎むようで、いたわるようなその目と傘を差しているのに雨を気にもしていないような出で立ち、生気の感じられない退屈そうな顔はどこか可笑しかった。

 

 今日はとても良い天気だ。こんな土砂降りの雨だから、散歩が楽しくなる。スキップをして進んで、水たまりの上で飛び跳ねる。なんて自由で楽しいんだろう。

 ゲートもない、前を走るウマ娘も、追ってくるウマ娘もいない。レースでも練習でもないから、思いっきり走る必要もない。だから私は気の向くまま、自分の力のままに思いっきり走りたくなる。

 

 私の考えていることは、たぶんみんなとは違っていてあべこべなんだろう。

 

 雲ひとつ無い青空の良い天気のもとで、ゲートに入って、ダービーや有馬記念みたいな大舞台で、思いっきり走る。ずーっと先頭で、あるいは最終直線で大差をつけて、もう誰も追いつけないくらいのスピードでそのままゴールする。

 

 でも、そんなのじゃつまらない。誰が勝つかわかり切ったレースなんて退屈だ。レースはもっと楽しくて、面白くて、自由でいい。大逃げを打ってもいいし、向正面から追い込みをかけたっていい。だって、走っているのは私たちだけなんだから。

 ついでにゲートも無くなったほうがいい。狭いし、窮屈だし、ギシギシうるさいし、待ってる時間が退屈だ。

 

 

 走ることに常識なんか無い。才能に上限なんてない。レースは一瞬のやりとりで全てひっくり返る。そういうものだ。それが一番面白い。

 

 風が出てきた。なんていい日なんだろう。

 濡れた髪を手でかきあげると、水が首を伝って流れてゆく。こういうのを『水も滴る良い女』というのだろうか。

 視界が開けた。自由だ。その喜びに私の脚が弾む。水を吸わないアスファルトに蹄鉄が擦れる。雨粒さえも私の駆けるための足場になる。

 

 目の前に大きな水たまりが現れた。私はそれを思いっきり踏み抜いていく。水の上を駆けることだって、空を駆けることだってできるような気がした。

 

 

 

 

 妙な手ごたえがあった。水面を駆けた刹那、飛び散る水が何かにぶつかった。その感触は私の脚を掴んで離さない。

 

 

 引き返してみると、彼がいた。傘を差しているというのに全身が雨に濡れていた。当然ながら、私が水をかけてしまったのだろう。

 

 だが、苛立っている様子はない。先ほどのような退屈そうな顔で水たまりをみつめていた。

 

 

 その顔、やめたらいいのに。やっぱりどこか可笑しい。

 面白そうだったから、私は声をかけた。

 

 

 

 やっぱり、今日はとても良い天気だ。

 

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