『単騎先頭ビーラヴァーズ。2番手にはアーハが続きます。3番手にはカツラギエース。ツルノヨイチが仕掛けました。単独2番手に上がっていきます。その後ろにはマイブレイン』
場内実況が先行するウマ娘達の状況を伝えていく。それと同時に罵声にも近いどよめきが場内に響いた。
『行った行った行った!9番が坂の登りで行った!9番が上がって行きます!ミスターシービーが上がって行きました。ここです!ここ!!』
手元のスマートフォンからは特徴的な実況が流れて来る。その声はまるで活弁士のようにこのレースに華を添える。
「ダメだ!!行くなシービー!!」
叫んでも届きはしない。
「やめろ!!お前の脚じゃ……!!」
シービーは加速する。
「やめろ!!やめろ!!」
何かに導かれるように、シービーがぐんぐんと位置を上げていく。彼女が得意とした『シービー戦法』がこの菊の舞台でも咲こうとしていた。
花の命は短い。咲いたとしても、すぐに踏み潰されてしまう。それは誰もが分かっていた。
『ぐんぐん、ぐんぐんと外から上がって行きましたミスターシービー!京都の正念場3コーナーの登りで行った!登りで行ったぞミスターシービー!!』
坂はゆっくり走らなければならない。一息に登り切ったとしても、ここでの脚への負担は勝負を決するものになる。
直線に向けば、後続に捕まってしまう。
終わってしまった。もう、シービーと一緒にはいられない。
『果たして降りをどう下るか!9番です!9番のミスターシービー!!』
席を立ち、踵を返す。
シービーは良く走ってくれた。辛かっただろう、苦しかっただろう。最後のひとときまで、できるだけ多くの時間をシービーと過ごしたい。
迎えに行こう。シービーが戻って来たら、ちゃんと謝ろう。ケーキだって、好きなだけ買ってやろう。
もう一度遊園地に行く約束も果たせていない。残念会になってしまうけれど、それでも笑ってくれるだろうか。
「どこに行くつもり?」
背後から声がした。
「もう終わったんだ。あいつはよくがんばったよ。」
振り返って返事をすると、隣に居たウマ娘の耳が後ろに絞られた。
「まだ終わってないわ、彼女は走っている。貴方にはそれを見届ける義務がある。」
「あいつが負ける姿は、見たくない。」
そう言うと、女は呆れたように鼻を鳴らす。
「貴方はトレーナー失格ね、失望したわ。」
「俺はシービーを勝たせてやれなかった、当然だ。」
「まだわからないのね、もういいわ。イギリスにでも、どこにでも、好きなところに行きなさい。」
「そうさせてもらうよ。」
「本当にニブい男、あの子も不器用だから仕方ないわね。」
女はターフに向き直し、俺に背を向ける。そしてウマ娘に呼びかけた。
「ルドルフ、目に焼きつけなさい。」
「はい。」
「あれが史上に名を残す、三冠の脚よ。」
「言われなくとも、承知しております。」
「あの子は、貴女が倒しなさい。」
「はい。」
『9番ミスターシービーです!ミスターシービー!その前にはツルノヨイチ!ツルノヨイチが居る!さあ2周目の、2周目の坂の降りだ!!ミスターシービー!これが三冠街道か!ミスターシービー!!』
どよめきがさらに大きくなる。行けと、進めと誰もが叫んだ。
『ここでミスターシービー先頭が先頭に立った!!左右を確かめて、ミスターシービー先頭に立った!第4コーナーをカーブする!!」
絶叫が聞こえた。聞こえるはずのない声だった。
言葉にはなっていない。それでも『私はここにいるぞ』と訴えるようなその声は、俺を掴んで離さない。
『ミスターシービー三冠か!!ミスターシービー三冠か!!』
ターフに目を向けると、ミスターシービーが走っていた。
ミスターシービーが叫んでいた。
『大地が!!大地が弾んでミスターシービーだ!!ミスターシービーだ!!』
『内からアーハが来た!内からアーハ!』
『ミスターシービーが先頭だ!!ミスターシービーが先頭だ!!』
『ミスターシービー逃げる逃げる逃げる!!』
ようやく理解できた。
理解するまで、時間がかかり過ぎた。
理事長の言葉も、ハナの言葉も。
シービーがこのレースに出たわけも。
いや違う。
前から分かっていたことじゃないか。
そのことに、ただ気がつかないフリをしていただけだ。
『これが史上に残る三冠の脚!!』
ミスターシービーの走りは未来永劫語り継がれるだろう。
そこに俺の名前は要らない。
『ミスターシービー!!三冠達成!!!』
俺は、なにひとつ彼女に与えられていないのだから。
「出迎えてあげなさい。それが、あの子のためよ。」
俺は無我夢中で地下バ道へと走った。