La La Landing
電車に揺られ、乱気流に揉まれ、しっかりと地に足をつけることが久しぶりのように感じられる。12時間ほどのフライトの中で、俺は何本かの映画を見た。
英会話をするのは何年ぶりになるだろうか。耳に英語を慣れさせるために字幕も無しに見る映画はひどく神経をすり減らすものだった。
ポップコーンとドリンクがあるわけではない。映画館に比べれば椅子も硬く、足も伸ばせない。チープなヘッドフォンはただ音をささくれ立たせるだけで風情も何も残っていない。
機内で見たミュージカル映画の音楽がまだ耳に残っている。ひどく疲れている証拠だろう。
頭の中がグラグラと揺れ、ひどい痛みがある。三半規管が働いていない。立っていることがとても難しいものに思えてしまう。
こんなことならば、映画館で見ればよかった。シービーもきっと気に入ったはずだ。
映画ではピアニストの男と売れない女優の女が主人公として描かれる。夢に向かって惹かれ合うふたりと、夢があるからこそ別れなければいけなかったふたり。その姿はどこか俺と彼女に重なる。
別れたくないという気持ちは同じだったはずだ。俺も、シービーもそうだった。しかし俺はその気持ちに気づかずに同意書にサインをした。思えば菊花賞の後にシービーが言った言葉は、俺を送り出すために絞り出したものなのだろう。
彼女はとんだ女優だった。トレーナーとして大成して欲しいという願いを取り違え、彼女の本心までも
そして俺は大空に放り出されて、ここに居る。
それでも彼女は走り出すだろう。俺たちはあの映画とは違う。夢あればこそ、再開することができる。
俺は待つことしかできない。全てはあいつの脚にかかっている。まだ俺はシービーの背中に背負われたままだ。いつまでも彼女に頼りきりであることに情けなさを感じないわけではない。
流れてくる荷物を待ちながら腕時計を確認する。時刻は待ち合わせの3時間前を示していた。
まだ足元はふわふわとおぼつかない。気分転換に少しだけ散策してみようか。歩き出す感覚が掴めれば、シービーに近づけるようなそんな気がした。
荷物を引きずりながら空港の中を歩く。キャスターは静かに回る。つるりとした床では音はなりにくい。
ターミナルを出ると、URAのマークが入ったパネルを持つウマ娘が見えた。待ち合わせの時間まで3時間もあるはずだ。
「
声をかけると、隣にいた老人の後ろに隠れてしまった。
「こらこら、シーツ。日本から『ミスター』が来て下さったんだよ。ちゃんとご挨拶しなさい?シェイプはどこに行った?呼んで来てはくれないかい?」
老人はウマ娘に優しく語りかける。シーツと呼ばれたウマ娘は言われたとおりに誰かを探しに歩いて行った。
「ようこそ『ミスター』、人種で値踏みするわけじゃないが日本人は本当に時間通りに来るんだなぁ、感心だよ。」
その老人は被っていたハットを取り、手を差し出してくる。英国紳士を体現したかのような好々爺であり、目尻にシワをつくりながら笑う。
「ありがとうございます、でも、待ち合わせは3時間後の予定じゃないですか?あと『ミスター』と言うのは?」
俺が訪ねると好々爺はもう一度目尻にシワを寄せながら笑った。
「キミは腕時計を見たんだね、今は昼下がりだよ。いまのうちに時刻を合わせておくといい。」
「ありがとうございます。確認し忘れていました。」
「それと、『ミスター』というのは君のことだよ。2000ギニーも、ダービーも、セントレジャーにも勝つなんて、並のトレーナーじゃできない芸当さ。でもキミとキミの教え子の『ミスターシービー』はそれをやってのけた。だからキミはトレーナーを代表するトレーナー、『ミスタートレーナー』というわけだ。」
「恐縮です。しかし──」
「ミスター、ふたりが戻ってきたようだ。」
好々爺はふたりのウマに手を振り、こちらに呼び寄せた。
「私の教え子だ。こちらがビトウィーンシーツ、こっちはシェイプオブユーという。私は皆からドンと呼ばれている。キミが良ければ気軽にそう呼んでほしい。」
「ドンとミスターですか。これは洒落が効いていますね。」
「老人の茶目っ気に付き合わせて悪いね。自己紹介が済んだところで昼食といこうじゃないか。ティファニーとまでは言わないが、いい店の予約が取ってあるんだ。」
オリジナル展開が続いて史実からどんどん離れていく