昼食もそこそこにタクシーに乗った。ドン曰く、電車で向かうよりも安く、速く着くらしい。
連れて行かれた店はイギリスの家庭料理を中心とした小料理屋といった雰囲気で、ドンはサンデーローストを、俺はリーキ*1のグラタンを頼んだ。ウマ娘のふたり、シェイプオブユーとビトウィーンシーツは昼食であるにも関わらずフル・ブレックファストを注文していた。
正直なところネギがまるまる一本、全く切られずに入ったグラタンというものは新鮮で、なかなかにインパクトがある。
俺もブレックファストにするべきだった。決して不味いわけではないのだが、どうも食べづらさが先行してしまう。ネギを口に咥えて啜ろうものなら、顰蹙を買うのは目に見えていた。ナイフで切ろうにも、とろけたネギの内部と繊維質がぐちゃぐちゃに崩れて、お行儀が悪く見えてしまう。結局のところ、崩れたネギをぎゅうぎゅうと丸めて口の中に詰めこんで完食した。クリーミーで濃厚なホワイトソースの味もネギで全て持って行かれてしまった。
歯の間にネギの繊維が挟まっているような気がする。香りの強いネギは食べるべきでは無かっただろうか。
シェイプオブユーとビトウィーンシーツは窓の外をぼーっと眺めている。街から離れていくに連れて霧が出始めた。外にはもう眺められるものなどない。
「運転手さんや、暖房を強くしてはもらえないかな。」
助手席に座ったドンはしきりに手を擦りながら言う。
「東京は暖かいと聞いたが、やはりこちらのほうが寒いのかな。」
「確かに、少し寒いかもしれません。」
イギリスは曇りの日が多い。日が照る時間が少ないために寒く感じられるかもしれない。だが、日本でも雨が降れば同じようなものだ。
「そうかー、どうだいシーツ、ジャパンカップを目指してみてもいいんじゃないかな。冬も走りたいだろう?」
「いや、あの…やめときます……。」
「おや、残念。」
ドンの提案は虚しくも断られてしまった。しかし彼は全く残念がる様子もなく、口先だけで無念を表す。
「ミスターもなんとか言ってやってくれ。実力は充分、高速バ場に適正もあるんだが、シーツはちょっとシャイなところがあるからね。」
「そうだな……。」
ジャパンカップは近年に創設された国際招致レースでもある。これまでには海外所属のウマ娘が勝ち、日本所属のウマ娘は勝てていない。
第1回のジャパンカップはトゥインクルシリーズに衝撃を与えた。アメリカ出身の、戦績も特に目立たない選手が府中2400mのレコードを1秒も縮めて勝利した。日本の一流選手が海外の無名選手に追いつくことができなかったという事実はURAに大きな衝撃を与え、このときから海外を見据えた抜本的な改革が行われるようになったのだ。
俺としては少し心苦しい。シーツがジャパンカップに挑戦するのであれば、シービーと対戦することも大いにあり得る。他のウマ娘も海外勢には負けないと火花を散らすことになるだろう。だから俺はレースとは違う日本の魅力について語ってみることにした。
「シーツ、『スシ』は食べたことあるか?ライスボールの上に生魚が乗ったものなんだが、ちょっと変わってるだろ?あと、『ポットヌードル』の発祥は実は日本なんだ。食べてみたくないか?」
「いや……あの………。」
シーツの反応が芳しくない。年頃の女の子には甘いものの話題のほうが良かっただろうか。
「あとは『カステラ』なんてのもある。ちょっと硬いシフォンケーキみたいなものなんだが、ずっしりとしていて食べがいもある。これと『グリーンティー』で日本風のティータイムというのも──』
「『
会話を聞いていたもうひとりのウマ娘、シェイプオブユーが俺の言葉を遮る。
箸というひとことを聴いて、シーツは俯いたまま固まってしまった。
「箸がうまく使えないから日本に行きたくないんだとよ、笑われるからって。コイツ、ミスターが来る前から練習してたんだ。」
「箸か……。」
思ってもいないことが障壁になっていた。だがそれも彼女にとっては大切なことなのだろう。
「俺もナイフとフォークは苦手だな。特に左手でフォークを使うのがあまり得意じゃない。でも、俺がグラタンを食べてるときにリーキがぐちゃぐちゃに崩れても誰も笑ったりしなかっただろ?」
「あれは、ああなるものだから。」
「そうなのか……。まあでも、誰も笑ったりはしないさ。練習すれば上手くもなるだろ。」
「お三方、そろそろだ。」
霧の合間から広大な草原が見える。その先には大きな門構えをした宮殿のようなものの影が現れた。
「ここがニューマーケットトレセン学園、中高一貫のウマ娘専用パブリックスクールのようなものだ。」
次回はシービー回になると思います