欧州で勤務するトレーナーの一日はトレーニング場の下見から始まる。
ここニューマーケットにあるトレセン学園では日本のトレセン学園で用いられているような平地練習用の円形トラックが存在しない。あるのはダートとウッドチップが敷かれた専用の坂路と広大なグラス馬場のみだ。多くのウマ娘はこのグラス馬場の上で走り、トレーニングを重ねることになる。
ただ、この馬場にも日本には無い大きな特徴がある。日本では下層路盤に砕石を敷きその上にまた砂を盛る。これだけで約50cmほどの高さになる。それにまた肥料などの土壌改良剤を混ぜた土を被せ、芝を根付かせて馬場を完成させる。
こちらではそのような手順を踏まない。荒野の表層を掘り返し、芝を植えるだけだ。そのため品質さえも平坦に均された日本のレース場とは違い、土自体が柔らかく、そして場所によってはデコボコとした凹凸がある。また、このような環境のために、モグラやウサギなどの野生生物が巣を作って芝に穴を開けてしまったり、キノコが生えてきたりと様々な弊害がある。
日本では考えられないことばかりだ。だがそれは日本と欧州のレースの捉え方と発祥に起因する。
日本のレースは本来労働するウマ娘の能力検定として近代化とともに開始された。ウマ娘の膂力はヒトのそれを大きく凌ぐために有史以来から重宝されてきたことは言うまでもない。『馬車ウマのように働く』という言葉は彼女たちの勤勉さと優秀さを表す言葉として現代にまで伝わっている。
モータリゼーションや機械化が行われるまで、ウマ娘の労働力は軍事面にも産業面にも欠かせないものであり、優秀なウマ娘の育成は国家戦略であった。そのウマ娘の能力を測る指針のひとつとしてウマ娘競争が行われたことが今日のトゥインクルシリーズの発祥である。現在八大競争と言われるレースが特別視されることは当時から行われてきた歴史ある由緒正しいレースという認識があるためだ。
英国は近代ウマ娘競争発祥の地であり、日本よりも歴史は古い。ウマ娘は優秀な労働力であったことは変わりなく、上流階級の使用人としても重宝されており、人々にとっては優秀なウマ娘の使用人をもつことがステータスとして認知されるようになっていった。
しかしながら名家のもとに生まれたウマ娘を使用人とするわけにはいかない。そこで名家の血筋を引く彼女たちは野を駆け、競争して遊び始めたのだ。
だが、その遊戯にも競争相手が必要となる。次第に使用人たちも競争に混ざるようになり、ついにはその遊戯を専門とする使用人まで雇われ始めるようになる。
当初は貴族にあるまじきはしたない遊びとして扱われていたが、ウマ娘として生まれた貴族たちが力を示す場や貴族たちの交流の場にもなり、次第に受け入れられ、体系化されていった。古くは紀元前からウマ娘の競争が行われてきたという史料こそあるが、十分に規則を整え秩序立ってレースが行われたことは歴史上類を見ないものだった。
煌びやかな衣装を身に纏い、ウマ娘たちが駆ける姿は庶民たちにも人気を博し、市井のウマ娘たちもこの競争に出ることに憧れ始めた。時代が進むに連れて貴族とウマ娘の関係は薄れ、トレーナー制度やチーム制度として姿を変えたが、これが近代ウマ娘競争の礎となり、現代まで続いている。
日本のウマ娘競争は能力検定としての背景があり、英国を中心とした欧州ウマ娘競争は遊戯としての側面が強い。
日本の場合は能力検定である以上、誰もが能力を発揮できる平等なコースを作る必要性があった。そのために馬場改良に余念を持つことは許されない。
しかしながら欧州の場合では、より過酷な状況でも勝ってこそ一流という風潮と自然を重視した邸宅の庭としてコースが作られたために、馬場にここまでの違いが現れることになった。
また、現在でも欧州ではウマ娘競争と富裕層の関わりが日本よりも強い。トレーナーのほとんどは富裕層の子息であり、社交界のような雰囲気を纏っている。事実としてそれらの交流の場にもなっている。
本業に転身するために若いうちに辞めていくトレーナーも多い。これほどまでに隆盛しているにも関わらず支給される予算も日本より少なく採算もほとんど取れないのだ。ドンほどまで老齢となってもトレーナーを続けるには莫大な資産を持つか、レースに勝ち賞金を獲得し続けるかしか道は無い。
海外のウマ娘がジャパンカップに挑戦するのもこういった背景がある。英国では冬場は平地競争のオフシーズンであり、代わりに障害競争が隆盛を極める。競争が無い以上賞金を獲得することはできない。有力チームであればわざわざ過酷な長距離移動をしなくとも冬を越せるが、それ以外には厳しい季節となる。対して日本は賞金額が高く設定されており、丁度冬にジャパンカップが行われる。渡りに舟とはこういうことを言うのだろう。無名の選手であろうとも挑戦するのはそのためだ。
また日本は先述の通り馬場改良に力を尽くしている。長距離移動さえも乗り越えて硬く弾みがあるスピードの出やすい“超高速馬場”で勝利することができれば経歴にも箔が付き、一気にスターダムにのし上がることができる。
「ずいぶんと考え込んでいたようだが、何か気になることでもあったのかね?」
閑散とした練習場ではふたりのウマ娘だけが平地練習をしている。その様子を眺めながら、ドンが俺に話しかけてきた。
「そうですね……、シェイプの走りには群を抜いたものが見られます。この馬場であそこまで先行できるのは日本ではカツラギエースや、あの『天馬』でもできるかどうかと言ったところですね。」
「そうだろう。彼女はもともとドバイの『殿下』が直々に目をかけた存在だからね。」
「殿下と言いますと、あの『殿下』ですか?」
「その通りだよ。彼女は殿下が運営するプレパラトリースクール*1からはるばるブリテン島までやってきたんだ。」
ドバイのスクールと言えば、アラブの王族が直々に運営する世界でも有数の規模を持つウマ娘養成機関である。その規模から世界中の有力ウマ娘が集まり、そして世界中へ旅立ったウマ娘の数多の勝利とともに最高峰のひとつとして数えられる。
「落第してここに送られたわけじゃないよ。殿下はこのブリテンで教え子がクラシックを獲ることを望まれているからね。ここで結果を残した後はドバイでコーチとして迎えられるらしい。シェイプもそれを望んでいる。」
「そうですか……、通りでまだ余裕があるように……。」
そう言うとドンは一目を憚らずに笑う。
「君の目には恐れ入るよ。まさに『ミスター』だ。普通なら掛かっているように見えるだろう。抑えるレース展開を教えたいんだが、どうにもうまくいかなくてね。『シーツがトロい』って言って聞かないんだ。」
現にふたりの併走では差しを行うシーツが先行するシェイプを捉え切れていない。シェイプは悠々と加速していくのに対して、シーツは柔らかい馬場に脚を取られ加速が鈍っているようにも見えた。
加速しきった後でならば、ふたりは十分に勝負になるだろう。それでも加速で付けられた差が縮められないのは能力だけの問題ではない。
「シーツの実力は十分一流と言えますが、この馬場よりも乾燥した、もっと堅い馬場のほうが向いていますね。それこそ、日本のような“超高速馬場”のほうが能力を出しやすいでしょう。」
「だろうな、だからジャパンカップに出してみたいのだがね……。」
「何か問題でも?箸ですか?」
唐突にドンが口籠る。腕を組む彼の顔は険しく、これまでに見たことがない顔をしていた。
「ミスター、最新のURA機関紙は見たかね?」
「いえ、まだですが……。」
「これだ、見るといい。」
ドンは懐から丸めた機関紙を取り出すと俺に差し出してくる。そこにはミスターシービーの休養とジャパンカップの結果について書かれていたが、別の記事に大きく赤丸が付けられていた。
そこには良く見知った顔写真が載っている。
「今年のジャパンカップも素晴らしいものだった。だが、シンボリルドルフと東条トレーナー、そして秋のエンペラーズ*2を狙うミスターシービー、先行ウマ娘のカツラギエース。彼女達が居る以上、ジャパンカップは想像を絶する戦いになるだろう。」