「しかし、シンボリルドルフが来年のジャパンカップに出走するとは思えません。」
「ほう、それはどうしてかな?」
「日本の三冠最終戦にあたる菊花賞がジャパンカップの2週間前に行われます。考えてみてください、1マイル6ハロン115ヤードのセントレジャーを走った後に12ハロンの凱旋門を走るようなものですよ。」
「君のその発言が、何よりの証拠だよ。」
そう言ってドンはにこやかに微笑んだ。
「メイクデビューからの3連勝、確かに素晴らしい。だが君は彼女がその菊花賞を走ると無意識のうちに思っているんだね。クラシックは一生に一度のチャンス。同世代1万人のウマ娘の頂点に立つということだ。出走が叶うだけでも勝者と言っていい。君の目がそう捉えたのならば、おそらくこのウマ娘はクラシックを走るのだろう。」
シワのある太くて短い指がシンボリルドルフの顔を指し示す。爪の中には砂が入り込み、指先は白く粉を吹いていた。
「私とて、昔は名トレーナーともてはやされたものだ。東洋では『ハクラク』と言うのかな?」
冗談めかしてドンが言う。だがそれは冗談のようには聞こえなかった。
「この目を見たまえ。優しく落ち着いて笑っているが、私が見たところではこれは彼女の本性じゃない。胸の内では煮えたぎるような
「怪物だよ彼女は。自分を打ち倒してくれる勇者が現れることを望んでいる。そして、倒されれば、倒されるほどに強くなるだろう。」
シンボリルドルフが走った選抜レースが思い返される。あのときの彼女はレースに満足していなかった。だからただ礼をするだけであった。
喜びも何もない。彼女にとって勝利するということは当然の結果として現れるだけなのだ。
だから彼女はリギルに入った。同じ怪物、無敗でドリームトロフィーリーグに移籍したマルゼンスキーと走るために。
「ミスター、おそらく今の標的は君のミスターシービーだ。確かあのコは世界を目指しているのだろう?ならばジャパンカップは外せない。シンボリルドルフは無理を押してでも出てくるだろう。」
「彼女に土を付けるのであれば、そこしかない。シーツのこと、あとシェイプのことも頼んだよ。」
そう言ってドンは背を向けて歩いていく。
「どこに行かれるのですか?」
「少々疲れてしまってね、今日の寒さはじじいには堪えるよ。体のあちこちが痛むし、目も霞む。」
「もう引退かねぇ。でも、ミスターが居るなら自由に老後を楽しめそうだ。」
どこか遠い目をしてドンは芝を眺めている。その目はいつかのシービーの姿に重なった。
「そんなこと言わないでください。午後からまた雨が降るそうですし、関節痛は雨のせいですよ。」
「そうかもしれんな。もっと冷えるだろうから熱々のパイとスープを作ってクラブハウスで待っていることにするよ。」
「クリスマスも近い。腕を奮うから楽しみにしててくれたまえ。」
お茶目な好々爺はウィンクをして、もう一度歩き始めた。