天気予報は少しだけ外れ、夕方からしとしとと雨が降り始めた。幸いにも雨が降り出す少し前にふたりの練習メニューは完了した。あとは風邪をひかないようにクラブハウスに移動して講評をするだけだ。
「おーい!ジジイ!ミスター、ジジイ知らねえか?」
練習を終えたシェイプが大声を上げてドンを呼ぶ。傘を手渡すとすぐさまそれを開いたために、雨粒が顔にかかった。
「ドンならクラブハウスに居るだろう。パイとスープを作って待っていると言っていたな。」
「マジかよ……。」
俺がそう伝えると、シェイプはあからさまに嫌そうな顔をした。
「何かあるのか?」
そう訊ねるとシェイプはそっぽを向いてトコトコと歩いて行った。彼女の代わりに取り残されたシーツがゆっくりと話し始めた。
「あの…、えっと、ドンは冬になるとサプライズで毎年パーティーを開いてくれるんです。あの、シェイプさんは冬の間ドバイに行っちゃうし、私もクリスマスは家族で集まらないといけないから、早めにチームでお祝いするんです……。」
「そうか……、こっちではクリスマスを家族で祝うんだな。」
「に、日本では違うんですか……?」
俺は今、重大な文化の断絶に触れている。クリスマスの時期はちょうど街のイルミネーションが盛況を迎え、恋人たちが垂れウマのように道を塞ぎながら闊歩する。サラリーマンたちが忘年会でへべれけになりながらネクタイを頭に結び、俺達トレーナーはと言えば有馬記念に夢中になるような時期だ。
そもそもクリスマスは主神によって救世主として遣わされたキリストの生誕祭。この世に生まれたことを尊び、感謝を示すものだ。日本でこのような乱痴気騒ぎをしていると知れば、シーツも、主神でさえも悲しみと失望を露わにするだろう。
迂闊だった。どうしてあんなことを口走ってしまったのだろうか。ここでの発言は慎重にならざるを得ない。
体から変な汗が出てくる。しかし無視するわけにもいかない。無視してしまえば内気なシーツはそのことを気に病むだろう。
もうどうにもならない、意を決して俺は口を開いた。
「そうだな……、お祝いするのは一緒かもしれない。でも、一年の締めくくりだから、家族の他にも恋人や友達、会社の同僚や上司とかと集まってお祝いすることもあるかな。あと日本では有馬記念ってレースがあって、ウマ娘はファンの方々に一年の最後に感謝を伝えたりもする。長い歴史もあるし、『引退レースを有馬記念にしたい』というウマ娘が居るくらい特別なレースなんだ。」
歩きながらシーツは口元を手で押さえて静かに微笑む。どうやら失望されることは避けられたようだ。
「日本のクリスマスもなんだか素敵ですね。やっぱり日本だと七面鳥とかプディング*1じゃなくて『スシ』とか『カステラ』を食べるんですか?」
「いや、日本では基本的にショートケーキを食べるかな。生クリームたっぷりの、苺が乗ったやつ。こっちのモノとは違ってビスケットじゃなくてふわふわのスポンジを使ったレイヤーケーキなんだけどね。俺の教え子のミスターシービーの好物だな。」
「私もレイヤーケーキは好物です。おいしいですよね。」
「あと、七面鳥はあんまり食べないな。代わりにフライドチキンを食べる。」
「フライドチキンですか……?」
「ああそうだ、クリスマスの時期にはフライドチキンのチェーン店は大忙しになる。クリスマスバーレルって言って、クリスマスの特別商品が売られるようになるんだ。クリスマス当日には街中でも大きな箱を抱えた人をよく見るぞ。」
「ふふっ、日本って変な国ですね。クリスマスにレースがあって、フライドチキンを食べて大忙しだなんて。」
「クリスマスのすぐ後にはお正月もあるからな。日本の年末年始は忙しいんだ。」
「やっぱり変な国。でも、ちょっとだけ行ってみたいです。」
「出てみるか?ジャパンカップ。」
「はい。」
「『スシ』も食べてみたいです。」
シーツがそう言った直後に、お腹の虫がその言葉に説得力を持たせるように鳴いた。
単にプリンと呼ばれることもあるが、日本でよく見られるカスタードプディング(プリン)とは別物。
小麦粉に牛脂、卵、砂糖を混ぜた生地にブランデーやウイスキー、ラム酒などの酒に浸したドライフルーツやナッツ、ナツメグやシナモンなどの香辛料、またブランデーやウィスキー、ラム酒などの酒を混ぜ、オーブンでまたまたブランデーやウィスキー、ラム酒などの酒を使い香り付けとともに蒸しあげるようにして焼く。
その後1ヶ月から3ヶ月ほど生地を寝かせる。熟成中はまたまたまたブランデーやウィスキー、ラム酒などの酒をかけてしっとりした状態を保つのが良いとされる。食べる際にはもう一度酒で蒸したり、茹でたり、酒でフランベなどして温めて食べる。フランベした際に青白い炎を放ちながらテーブルに鎮座するクリスマスプディングは壮観。
蒸留酒を何度も使用している上に、生地を寝かせた際に発酵が進みアルコールが発生するため、焼き上げた際にもアルコールが完全には飛ばない。むしろ酒でしかない。お酒に弱い人は食べ過ぎに注意。