「メリークリスマス!!ホーホーホー!!」
部室のドアを開けると赤い三角帽子をかぶった愉快なお爺さんが上機嫌に挨拶をする。彼は還暦を既に過ぎているが、歳の衰えを感じさせないほどにぴょこぴょこと飛び跳ね回っている。関節が痛いと言っていたのは何だったのだろうか。
「ジジイがはしゃいでんじゃねえよ。」
シェイプが言うことはもっともである。だか彼のはしゃぎっぷりは凄まじく、それは豪勢な料理という形でも現れていた。
「これはまた……すごい量を作りましたね……。」
机の上には七面鳥と牛肉のローストにグレイビーソース、もちろん付け合わせには芽キャベツを初めとした野菜がたっぷりとある。他にも鍋いっぱいに作られた大麦たっぷりのスコッチブロス、英国料理の定番であるパイ料理が
特に目を引くのが、パイだった。魚の頭がパイ生地から飛び出しており、焼けて白く濁った魚の目と俺の目が合ってしまった。これはあの
「さあさあ、祈りを捧げてから頂こうじゃないか。楽しい夕餉といこう。」
そこまで言うと、ぴょこぴょこと飛び跳ねていた小さなサンタクロースは何かに気づいたかのように落ち着きを取り戻す。そして申し訳なさそうにぽそぽそと耳打ちしてきた。
「すまない、ミスター。君はクリスチャンかな?日本人にはブッディストが多いということを忘れていたよ……。ただサンタさんは平等だ。プレゼントもちゃんと用意してある。そこは心配しないでくれたまえ。」
「どうせ毎年おなじみのクソダサセーターだろ!」
シェイプが横から茶々を入れる。だがサンタクロースはチッチッチ、と舌を鳴らして指を振る。
「今年のプレゼントは一味違う。来年はシェイプのデビューとシーツのジャパンカップもある。そのために特別なものも用意したよ。」
小ぶりな箱がふたつ並ぶ。白いエンボス加工が施された表面が雪の積もった地面のようで、結びつけられた金色のリボンは大人びた印象を受けた。
「ミスターにはこれだ、開けてみてくれたまえ。」
俺には指輪を入れるような小さなジュエリーボックスが差し出される。中には蹄鉄があしらわれたバッジが入っていた。
「シェイプとシーツにはジュラルミンの高性能レース鉄だ。キミにはここのトレーナーバッジだよ。キミはまだURAの所属だが、特別に上から認可が降りたんだ。」
「さあ、食べようか。パイが冷めてしまうぞ。」
手短にお祈りを済ませ、ザクザクとパイを切り分けていく。
シーツはもりもりと良く食べているのに対して、シェイプはあまり手が動いていない。
「このパイ、塩気が足りねえんだよな。」
魚の入ったパイを手にぶつぶつと文句を言っていた。
「じゃあ、俺が貰おうか?」
「は?食わねえとは言ってねえだろ。バカかお前は。」
シェイプはそう言ってパイを口の中に放り込んだ。
日本のクリスマスとは違う、ゆったりとした時間が流れる。料理はマッチの炎で見る幻覚のように次々と消えていく。
何物にも代えがたい幸せな時間だ。だがそれは唐突に姿を消した。
「ふざけんな!!」
「落ち着いてくれ、シェイプ。」
言い争う声がしてクラブハウスの中が静まり返る。
「どうしてオレがフィリーズ*1路線なんだよ!ダービーにも、凱旋門にも出ねえのかよ!!」
「それが『殿下』のご要望なんだ。私はそれに従うしかない。」
「クソが!!」
そう叫び、シェイプがプレゼントの箱を掴んで振りかぶる。
中には蹄鉄が入っている。それを投げつけられたら誰であろうと怪我は免れない。しかしドンはただ静かにシェイプを見つめていた。
一瞬の間があり、金属が砕け散る音がした。
蹄鉄は誰にも当たることは無かった。ただそれは地面に叩きつけられ、真っ二つに割れてしまっていた。
「落ち着いたかい?」
ドンが優しく微笑みかける。シェイプはそれを振り切るように外へと駆け出して行った。
「シェイプ!!待て!!」
「ミスター、いいんだ。彼女をひとりにしてやってくれ。」
クリスマスイブはとても静かに終わってしまった。夜更けになっても彼女は戻らない。気づけば雨は雪へと姿を変えていた。