「何かあったのですか。」
そうドンに問うと、彼は腕を組み難しい顔をした。
「私が、いや私達が悪いんだよ。ふたりとも、今日は冷える。寮に戻ってもう寝なさい。」
「わかりました……。」
そう言ってシーツはとぼとぼとした足取りでクラブハウスを後にする。
「ミスター、君もだ。シェイプに関しては私と彼女の問題だ。君が気にすることではない。」
「わかりました、では僕はここに残らせてもらいます。」
俺の言葉を聞き、ドンは深いため息をついた。
「君は私の話を聞いていたのかい?」
「はい、ですから僕がここに残ることと、貴方とシェイプの間のわだかまりは何も関係がないことです。僕のことは貴方が気にすることではないですよね。」
「君というヤツは……。」
「褒め言葉ですね、それはお互い様ですよ。」
「キミに任せよう。シェイプもこうしてしまった手前、私とは話しづらいだろうからね。」
机の上には食事の跡と割れてしまった蹄鉄がある。贈り物をその日のうちに、本人の目の前で壊すということは彼女にとっても不本意だっただろう。
一瞬の間は彼女の迷いだ。振り上げた手をどこに収めていいか分からなくなり、自棄になってただまっすぐに振り下ろした。誰かを傷付けようとしたわけじゃない。それでも、自分の体裁は保ちたい。ドンとシェイプのふたりの代わりに、この蹄鉄は傷ついた。
これが軽量で耐摩耗性の高い硬質なジュラルミンであったこともひとつの不幸だ。普通の蹄鉄ならば割れたりしない。ただ歪むだけで、叩き直せば使えただろう。
蹄鉄は元には戻らない。だが、シェイプとドンは違うはずだ。
「まったく、どうしてウチには問題児しか居ないんだ。まだまだ隠居はできんな!」
シワだらけの顔に更に深いシワを作りながら、ドンは笑った。
「ブリテンの冬は厳しい。シェイプはきっとここに戻ってくる。キミにこんな役目をさせてしまうことを、どうか許して欲しい。」
帽子を取り深々と頭を下げてから、ドンはこの部屋から去って行った。
雨は既に雪に代わり、静けさがこの夜を闊歩する。この孤独にはどこか身に覚えがあった。
積もった雪が月明かりを反射して辺りがぼんやりと明るくなる。あのときのシービーもこんな月明かりの下で走っていたのだろうか。
ひとりは寂しいはずだ。心を吹き抜けていく寂しさは雪よりも冷たい。だから俺はこうしてただ待っている。あのときのシービーにも、シェイプにも帰ってくる場所が必要なのだ。
「シェイプ……? シェイプか?」
外から物音が聞こえた。雪を踏む足音のようにも思える。それに声をかけると小さく「うわっヤベッ……」と声がした。
「部屋は暖かいぞ。入ってきたらどうだ?」
「オレはシェイプじゃない。ただの通りすがりだ。」
ドアを挟んで声がする。通りすがりの声は少しだけ震えていた。
「通りすがりのウマ娘さんが、何かご用ですか?」
「この部屋に忘れ物をした。割れた蹄鉄だ。潰れた白い箱もよこせ。」
「あれはシェイプさんのものなので、渡すわけにはいきません。」
「うるせぇ!!よこせって言ったらよこせってんだよ!!」
怒鳴り声とともにドアが叩かれる。だがそれはすぐに収まり、弱々しい声が聞こえてきた。
「よこせよ……、オレの大事なものなんだよ……。」
外から鼻をすする音が聞こえ始めて、俺はドアを開けた。
「意地張ってないで、入ってこい。」
通りすがりのウマ娘はドアの横で小さく膝を抱えていた。その顔は風に当てられ、鼻が赤くなっていた。