ニューマーケットが属するサフォーク州は自然美が残る景勝地である。特に東海岸を始めとする海沿いの地域はバカンスの時期になれば人が溢れる。晴れ間の多い6月から7月にかけては水着を着てビーチで日光浴をする人の姿がそこかしこに見られるだろう。
しかしながら、今は冬だ。寒冷な気候のもとで砂浜に寝そべって肌を焼こうと言う物好きは少ないだろう。平地競争のシーズンも11月には終わり、ほとんどのウマ娘たちは故郷へ帰る。クリスマスには家族で集まり、揃って年越しをするというのは日本でもよくある光景だ。
シーツから聞いた話によれば、シェイプはドバイに帰るらしい。冬場であっても比較的温暖であるため、こちらで過ごすよりも身体への負担は少ないだろう。
「やっぱり、こっちの冬はさみいな。」
隣に座ったシェイプが小さく呟く。ニューマーケットからロンドンまで電車で2時間ほどかかる。だがそれは大した問題ではない。小旅行と考えれば妥当なところだ。しかしながら、着の身着のままで飛び出してしまったためにシェイプは上着を持っていない。練習用のスポーツウェアだけではこの寒さは堪えるだろう。
「服、買わないとな。このままだとドレスコードにも引っかかる。」
「オペラでも見ようって言うのか?」
「コヴェントガーデンと聞いたから、そう思ってたんだけど違うのか?」
「てめーが行きてえならついて行ってやるよ。とりあえずさみいから上着貸せ。」
コヴェントガーデンにはロイヤルオペラハウスという歴史ある劇場が存在する。英国一の規模を誇り、コヴェントガーデンを代表するランドマークである。そのためか、ロイヤルオペラハウスのことを単に『コヴェントガーデン』と呼称することさえある。
ただ、シェイプの言うことはもっともだ。どんな名作であっても年頃のウマ娘にとってはオペラも映画も退屈なものでしかないのだろう。映画が好きだったシービーは少し特殊だったのだ。
コートを脱いでシェイプに渡す。暖房は効いているはずだが、ふとした時に寒さを感じる。これではふたりとも風邪をひいてしまうだろう。
「オペラは見なくとも、服は買わないとな。」
「は? 見に行かねえのかよ?」
「じゃあ行こうか。」
「いいぜ、これでひとつ貸しだからな。」
シェイプは満足そうにニンマリと笑う。大人ぶりたい年頃なのだろう。素直じゃない彼女は子どもっぽく、可愛らしく思えた。
つり革が揺れて、列車が減速し始める。どうやら目的地が近いようだ。
ドアが開くと冷たい空気が車内に満ちる。
「じゃあオレは適当にメシ食って服見繕ってくるから。」
「お金は大丈夫なのか?」
「そこらへんのヤツから頂戴するさ。乞食のオペラを観に行くんだからぴったりだろ?お前は泥棒博物館*1で少しは乞食の勉強でもしてきたらどうだ?クリスタルスカルでも持って来いよ。」
「じゃあ2時間後、グレートコート*2でな。」
無理難題を押しつけて、彼女は人混みの中に消えて行った。