最も不器用な三冠ウマ娘   作:Patch

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魔法が解ける頃

「オレはアイルランドで生まれた。ジジイとはその時からの仲だ。髪はまだ黒かったし、昔も変わらずキザな野郎だったよ。」

 

 テムズ川の流れは緩やかで、降る雪はその流れに溶けて行く。日は傾き、排水溝のグレーチングからは湯気が出始めてきた。 

 これからまた、寒くなるだろう。

 

「当時のジジイは変わり者で通っててな、チビども集めてままごとしたり、レースの真似事して遊んでたんだよ。そんなヤツがブリテンの一流トレーナーなんて思わねえだろ?」

 

「仲が良かったんだな。」

 

「クリスマスには熱々のパイとプレゼントを持ってきてくれた。今じゃ着られないようなダセえ手編みのセーターだけど、冬の間はそれ着て走りまわってな。パイは相変わらず、塩気が足りなかった。」

 

 

故郷(くに)に帰りてえ……。」

 

 寂しそうに笑う彼女がひとことだけ呟いた。着飾らないその気持ちは彼女の本心なのだろう。

 

 

「アイルランドで競走をしようとは思わなかったのか?」

 

 アイルランドはイギリスとフランスに次ぐウマ娘競争大国である。しかし彼女はここで競争をすることを選んだ。イギリスとの関係が密接であるとは言え、故郷で走ることもできたはずだ。

 

 

「オレのママは『殿下』が出資してるレース教室の先生でな、だからオレはドバイに行くしかなかったんだよ。レースなんて金持ちの道楽。カネがなきゃ選手にもなれねえ。そうだろ?日本は違うみたいだけどな。」

 

 

 日本ではURA以外にも地方のローカルシリーズが充実している。強ければ移籍や交流競争という形ではあるがURAに挑戦することも可能だ。

 笠松の白い怪物オグリキャップ、大井からの刺客イナリワン、彼女たちがその代表格である。話題となるのもそう遠くない未来にあるだろう。

 

 

「ドバイに推薦してくれたのもジジイだ。家業を継いだだけのバカトレーナーって言われてたらしいけど、実力は本物だからな。『殿下』の力も借りてオレは夢だったウマ娘競争の選手になれた。だからオレはあいつらに頭が上がらねえ。それなのにオレは、蹄鉄を壊しちまった。」

 

 

「ジジイだって、無理してあんなもん買いやがって……。」

 

 

 彼女のもつカードがあれば、同じ蹄鉄はいくらでも買えるだろう。だが、贈り物は値段や個数で決まるものではない。たとえそれが言葉通りささやかであろうとも、その気持ちに勝るものはない。シェイプはその気持ちをしっかりと受け取っているようだった。

 

 

「ダービーと凱旋門に勝てばジジイにも、『殿下』にも恩返しができると思ったんだ。それなのに、フィリーズ路線だなんて……。」

 

 ポロポロと大粒の涙が彼女の目から溢れ落ちる。彼女はその優しさからさまざまなものを背負い込んでしまっているようだった。

 

「見んじゃねえよ……、魔法が解けちまうだろ……。」

 

 

 メイクは崩れ、顔が赤くなる。顔は美しい淑女(fairlady)から少女のものへと変わっていた。

 

「雪のせいだな。雪が顔に当たってメイクが崩れてる。」

 ロンドンの石畳にも雪が積もり始めていた。ヒールを履いた彼女は歩きづらいだろう。靴が脱げてしまったら大変だ。

 

「寒いな、ホットワインでも飲もうか。」

「レモネードがいい。はちみつたくさんのあったかいやつ。」

 

「行こうか、レディーには俺が奢るよ。」

 

 彼女の手を引いてまた俺たちは歩き始めた。

 

 

 

 

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