「シーツ、頑張りなさい。シェイプはあまりわがままを言わないようにね。」
「あーうるせーうるせー、ガキじゃねーんだから分かっとるわ」
ふたりのウマ娘を連れてタクシーに乗った。ロンドンの電車は前触れもなく遅れることが多い。飛行機の搭乗時間に間に合わないなんてことがないようにドンが手配してくれていたものだ。
バックミラーに映るドンはハンカチを手にして大きく振っている。数日間ではあるが、彼には羽を伸ばしてもらうことにしよう。
今年のシーズンはシェイプのデビュー戦もあり大変忙しいものであった。しかし彼女はメイクデビューからトリプルティアラの前哨戦とも言われるフィリーズマイルまで無敗の3連勝を挙げてシーズンを終えた。
一方シーツはこれ以上ない最高の仕上がりを維持し続けており、6戦5勝、2着1回という尋常ならざる成績を残した。これならばミスターシービーにも、シンボリルドルフにも負けない。そう言い切れるだけの力がビトウィーンシーツにはある。
「おいシーツ、箸使えるようになったか?」
「たぶん大丈夫です。ミスターと一緒に練習しましたから。」
車内では他愛のない会話が行われる。緊張している様子はなく、箸も使えるようになった。日本への道筋を遮るものは何もない。
「でもヌードルはちょっとまだ苦手です……。」
「箸とかマジで意味わかんねえよな、ヌードルはぜってえフォークで食ったほうが楽なのによ。」
「でも、ラーメン食べてみたいんですよね……。ほら、あのファインモーションさんも美味しいって言ってましたし。」
会話は日本の食文化に推移する。やはり彼女たちとは文化を異にするものであるらしい。
「日本じゃヌードルは音を立てて啜るんだよ。」
そう言って俺が話しかけると、ふたりが目を丸くして驚いていた。
「は……?マジで言ってんのか?」
「そうですよ、信じられません。私に恥かかせようとしてませんか?」
厳しい視線が刺さる。ナイフとフォークを使う西洋文化圏では食事中に音を立てることはタブーである。啜るような音はもちろん、ナイフと皿が擦れるようなカチャカチャという音も嫌われる傾向にある。
「いやいやホントだって。抵抗があるのはわかるけど、啜って食べた方がスープの香りが立ってウマいんだよ。」
その言葉でシェイプがニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
「証拠も無しに信じろとはスジじゃねえよなぁ〜?」
「いや、証拠はある。日本のラーメン屋ならどこでも見れるぞ。行くか?ラーメン屋。」
「そこまで言うなら信じてやるよ。おいシーツ、ミスターがラーメン奢ってくれるらしいぜ。」
「やったぁ!ありがとうございます!」
シーツは無邪気に笑う。こうなることはなんとなく理解できていたが、せっかく日本に行くのだから観光ついでにラーメンを啜るのも悪くないだろう。
「本物のラーメン、楽しみです。他にも気をつけるべきことはありますか?」
シーツは日本に行くのが楽しみだと言った様子で目を輝かせている。だが、国際招致レースではどのようなアクシデントが起きるかわからない。気をつけるべきことは無数にあるのだ。
「そうだな、水はあまり飲まないほうがいい。」
「日本は水道水が飲めないんですか……?」
「いや、欧州と比べると日本は軟水だから甘くて飲みやすい。ラーメンの後の水は旨いんだ。だからと言って慣れない水をたくさん飲むと、お腹を壊しちゃうだろ。」
「ふふっ、そうですね。気をつけます。」
シーツは口元に手を当てて少しだけ笑った。
「観光はオマケだからな、しっかり身を休めて万全の状態を保つんだ。レースは走る前から始まってる。革命もベッドの中から始めるって、有名な歌にもあるだろ。」
タクシーはハイウェイを降り、幹線道路に差し当たる。
そろそろ空港が近い。