1枠2番のセプテンアニムスが飛び出していく。1枠1番のミスターシービーはそれを眺めるかのように脚を遅らせた。やはりシービーは後方待機策を取るつもりらしい。
ビクティムメイカー、マグナスロイヤルが好スタート。隣同士身を併せるかのような形でセプテンアニムスを追う。
しかしビクティムメイカーの視線は前でもなく、隣のマグナスロイヤルにも向いていない。観客席側を睨み付けるように外を向いていた。
その理由はすぐに分かった。大きな風切り音をさせて全力で駆け抜けるウマ娘、カツラギエースがその視線の先に居た。
「あいつ、アレで持つのかよ。」
隣でレースを眺めていたシェイプが小さく呟く。
その指摘はもっともだ。上体を激しく動かしながら駆け抜けていくカツラギエースはまるで最終直線に差し掛かったかのような鬼気迫る表情をしていた。
「わからない。だが、過去2度に渡ってシービーを倒した脚は伊達じゃない。」
「あんなにペースつり上げてもバテるだけだ。このレース、シーツの勝ちだな。」
俺の言葉は一蹴される。シェイプもカツラギエースも先行策を得意とするウマ娘だ。実戦経験のある彼女はトレーナーとはまた違った視点でこのレースを見ているのだろう。
向正面に入り、先頭のカツラギエースは単騎の大逃げ体制に入った。後続2番手のビクティムメイカーまで10馬身差、そこからまた4馬身開いてシンボリルドルフ、ビトウィーンシーツが居た。先頭から最後方ミスターシービーまで30馬身、その様子がモニターに映し出され、場内には大きなどよめきが渦巻いていた。
カツラギエースが単騎で3コーナーを下る。そのとき、ミスターシービーが前を走るディアナトロイまでの差を縮めにかかった。
3馬身、2馬身と近づいていく。
「マズい……。」
3コーナー前に差し掛かり、ミスターシービーがスパートを始めた。
「本命のお出ましってワケか?でも、今のシーツには届かねえだろ。」
「違う!!よく見ろ!!もう4コーナーだって言うのに、
「全員……、後方を牽制しあっていた。このままじゃ逃げ切られる!!」
ミスターシービーの鬼脚を誰もが警戒していた。そのスパートに併せる形で全員がスパートし始めたのだ。
シンガリから既に前でスパートを始めた相手を追い越す。さらにその前には大逃げをうつカツラギエース。
どれだけの才能があろうとも、戦略を読み切られてしまえば勝つことは難しい。特に追い込みという極端な戦法であれば尚更だった。
そして、カツラギエースはその全員の思惑を読み切り、追い込みの逆を行く単騎の大逃げを敢行した。
「ジャパンカップの制覇は日本のウマ娘の悲願であり、雪辱だ。あいつだって勝てない大逃げをするほどバカじゃない。」
「クソが!!全部……、全部あいつの手のひらの上だったって言うのかよ!!」
カツラギエースはクラシックを獲ることは叶わなかった。そこにミスターシービーが居たからだ。
皐月賞では道悪に脚を取られた。NHK杯で9番人気の低評価に大外枠という不利を覆しながらも、ダービーの1番人気はミスターシービーだった。京都新聞杯でミスターシービーに土をつけようとも菊花賞では大敗した。
シービーが休養中も、彼女は研鑽を積み宝塚記念に勝利した。毎日王冠でもう一度ミスターシービーを頭差で打ち負かそうとも、目立ったのはシービーの鬼脚だった。
天皇賞・秋では焦りからかミスターシービーの5着に沈んだ。そのときから『宝塚記念もシービーが居なかったから勝てた。』との言説が流れ始めたという。
彼女の往く道は荊棘の道だった。何度負けようとも、勝利を讃えられずとも、彼女はここまで走ってきた。
後続が差を詰めてくる。ジリジリと迫るビクティムメイカー、だがここでは終わらない。
彼女は後ろを振り向いたりはしない。ただ真っ直ぐに駆け抜ける。このコースは荊棘の道よりは走りやすいだろう。
「シーツは、シーツはやっとGⅠに出られるって喜んでたんだぞ!!こんなことが!!こんなことがあってたまるかよ!!!!」
その声に呼応するかのように黒鹿毛と栗毛の髪が交錯した。
「行けぇぇーー!!!シーツ!!!行けぇぇーーーー!!!!!」
シェイプが大声で叫ぶ。だがその声は観客の歓声にかき消されて消えていく。
「嘘だろ…………?」
大逃げをしていたはずの黒鹿毛がもう一度加速した。
『カツラギエース!!カツラギエース粘る!!内からビトウィーンシーツ!!』
『外からマグナスロイヤルとシンボリルドルフ!!』
『ミスターシービーはまだ中団!!』
『カツラギエース!!ビトウィーンシーツ!!マグナスロイヤルも来た!!シンボリルドルフは2番手か3番手!!』
その姿に圧倒され、シェイプは声すら上げられなくなっていた。
『カツラギエース逃げ切ってゴールイン!!堂々たる逃げ切りでした!!』