負けた。全ては私のミスだった。直線が長い東京レース場、海外から参戦した有力ウマ娘との牽制。そしてその中にビトウィーンシーツというウマ娘が居たこと。私が巡らせた策の全てが敗因に繋がった。
「惜敗、と言ったところかしら。」
眼鏡を指で抑えながら、私のトレーナーが静かに言う。レース場の控え室にはその声と熱狂の残り香だけが響いていた。
「いいえ、それは適切な表現ではありません。」
「そうね、貴女の言う通りだわ。撤回しましょう。」
三冠ウマ娘、私とミスターシービーは終始マークされていた。彼女は1番人気だったこともあり、集団は後方に固まり常に彼女が仕掛けるタイミングを探っていた。
直線の長い東京レース場では彼女の鬼脚が決まりやすい。リードを取った上で脚を溜め、末脚勝負に持ち込めれば勝てると思い込んでいたのだ。
「惨敗です。」
「そうね。」
カツラギエース、今年の宝塚記念を獲ったウマ娘だ。出走したウマ娘の全てが彼女の策に嵌った。
カツラギエースはミスターシービーと幾度となく対戦している。クラシック戦線ではメジロモンスニーとともにミスターシービーの最大のライバルとして数えられていた。
ミスターシービーの前に何度も敗れた彼女は、ミスターシービーの走りを最も理解しているウマ娘でもある。
毎日王冠でも、秋の天皇賞でもミスターシービーの鬼脚は健在だった。そして今日のミスターシービーは1番人気だった。
だから彼女は大逃げを打った。誰ひとりとして彼女を追おうとする者は居らず、誰ひとりとして彼女の前に立てる者は居なかった。ただ純粋に勝利のためにその身を尽くして走るカツラギエースはどこか輝いて見えた。
そして私の前に先着したウマ娘、ビトウィーンシーツ。GⅠ級競走への出走歴が無いにもかかわらず、この舞台で大立ち回りを演じて見せた。末脚を爆発させ、私が届かなかった先頭へ肉薄した。その事実は私の鼻っ面をへし折るには十分だった。
「悔しいかしら。」
「……はい。」
この敗北は記録として残る。その事実を受け止めるには私はまだ青かった。
敗北感というものは幾度となく味わってきたはずなのに、私の心には抱えきれない大きな波が押し寄せて流されそうになる。
それは心のどこかで驕っていたという証左なのだと、返事をしてから気づいてしまった。
「体調が芳しくなかったのも、敗因のひとつね。」
「違います。」
「次の有馬記念では、こうはならないはずよ。」
「違う!!」
叫んだその声は、もう私にも止められない。
「私は!!私は勝たなければならなかった!!全てのウマ娘の幸福のために!!私が、私ができることは!!ただ勝つことのみだった!!」
「ルドルフ……。」
「勝てずして、何が『皇帝』だ!!私はただ、その名に驕っていただけだった!!私は!!私は──!!」
突如として、私の視界が塞がる。それと同時に私の両肩が力強く締め付けられた。
すぐそばから、おハナさんの香りがする。華やかなオードトワレと優しいヘアオイルの中に、雨のような匂いがした。
「泣きなさい。この涙も、きっと貴女を強くしてくれるわ。」
視界を塞ぐ灰色の布が濡れていく。私は抱きしめられながら、声を押し殺して泣いた。