あの娘は元気にしているだろうか。
修学旅行後、小町に家を追い出され、ふと小学校のころに出会って、そのまま思い出だけを残して忘れてしまった少女に思いをはせる。
小学校のころに出会ったあの笑顔のまぶしかった少女。
ボッチだった俺にも声をかけてくれた少女。
夏休みにもかかわらず俺の誕生日を祝いに来てくれた少女。
俺の初恋の相手だった少女。
そして、俺以外は全員忘れてしまって、俺も顔と名前、声さえも覚えていない、思い出だけが心の中をおぼろげにさまよっている少女。
彼女は今、どこで何をしているんだろう。
初めて■■に会ったのは小学3年の時だった。親父に似たのか、生まれつき俺の目は腐っていて、クラスメイトからもよく避けられていた。そして小学校中学年にもなれば、中途半端に知識をつけた一部の生徒たちは、いじりという名の嫌がらせを行うようになった。先生に相談しても、あれをいじめではないと言った。暴力などはなかったものの、俺も小学生でメンタルは今ほど強くなかったので、どんどん性格がひねくれていった。
そんなときに声をかけてくれたのが■■だった。■■は明るくて可愛らしいクラスの人気者で、女子からも男子からも人気があった。その上リーダーシップもあったので、男子の俺に対しての嫉妬なども無く、その日を境に俺へのいじめはピタリと止まった。
その日から、俺は初めてみんなの輪の中に入った。■■は俺の目をオンリーワンだと言ってくれた。■■からも、それ以外のみんなからも遊びに誘ってもらった。自分から誘うこともあった。嫌だったはずの学校が楽しくなった。生活に色を与えてくれた。たまたま■■とは家が近かったので、中学でもきっと同じように遊んだりするのだろうと、そんな未来を思い描いていた。
転機が訪れたのは小学6年の中頃だった。■■は、妹の体を治すための手術を受けることになった。俺が知っているのはそこまで。その次の日、教室に彼女の席は存在しなかった。誰の記憶の中にも、彼女の存在は残っていなかった。
彼女がいなくなったので、当然のようにみんなの輪が崩れ去り、俺はまたいじめられるようになった。しかも前よりもさらに内容がグレードアップして。
治りかけていた性格もすっかり元通りになって、前までの捻くれた性格に戻ってしまった。
そしてそのまま生活が変わることもなく高校に上がった。同じ学校の奴がいない総武高校を選んだ。二年生になって、奉仕部に入れられた。最初は渋々の活動だったが、時間が経つにつれて、だんだんとここが自分の居場所だと思えるようになってきていた。毎日のように思い出していた■■のことも、だんだんと思い出す頻度も減っていた。
そんなときに、修学旅行があって、達成不可能な依頼を受けてしまった。俺は何とかして依頼を解消したが、二人はいい顔をしなかった。積み上げてきた信頼が一気に崩れていく音が頭の中に響き渡った。
思い出を一つ一つ思い出しながら行く当てもなくぶらぶらと歩いていたら、いつの間にか渋谷に来てしまっていたようだ。辺りはすっかり夜になってしまい、周りには誰一人としていなかった。ポケットに入れていた携帯が二回振動したので確認すると、メールが二件入っていた。親父と母さんからだ。内容は俺のことを心配しているという旨だった。それと一緒に、小町の話を聞いて俺の話も聞きたいということと、帰るのは気持ちの整理が付いたらでいいとも書いてくれていた。普段から小町にばかりか待っていたので俺のことはどうでもいいのかと勝手に思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。
メールを見てほんの少し気分が良くなったので、さっきまでは特に気にしなかった涼しい夜風を堪能してみる。こんな夜中に出歩いたことは今までなかったので、新鮮な気持ちだ。
しばらく道に立ち尽くして風を楽しんでいると、目の前を青い蝶の群れが目の前を通り過ぎて行った。それだけなら珍しいな程度で済ませただろうが、その長を見て俺は疑問に思った。
あんな蝶、図鑑に載ってたか?
昔から読書が好きで、小さい頃はよく図鑑を読んでいた。虫や魚、植物など、ジャンルを問わず何回も見返していた。しかし、目の前の蝶だけは図鑑でも見たことがなかったのだ。
その蝶を目で追っていくと、その先には入れ歯のような化け物が数匹佇んでいた。
その姿を視認して脳がアラートを鳴らす。逃げなければ殺される。そう生物としての本能が叫んでいた。俺が走り出すのを合図に化け物たちも動き出す。その動きはとても早く、俺の足では10秒もしないうちに追い付かれるだろう。そう判断した時点で、俺は走るのをやめて化け物の方に向き直った。走って追い付かれれば生存率は0%。だから向き直って攻撃を回避することにした。これも生存率でみれば限りなく0だが、逃げ続けて背中から噛り付かれるよりかは遥かにましだ。
振り返って相手を観察する。相手は2体、どちらも低空飛行で地面に体の一部が地面に付いているということはない。俺に追い付いてくると流れるように俺にかみつこうとする。それをすんでのところで回避して距離をとる。確かに早いが、見えないわけではない。
一体どれぐらいの間よけ続けただろう。10分?1時間?1分だろうか。とにかく死にたくない一心でよけ続けた。もしあのメールを見ていなかったのならとっくに諦めていただろう。しかし、俺を信じてくれる家族がいる、それにまだ記憶の中の少女を思い出していないのに死ぬわけにはいかない。
しかし気持ちはどれだけ強くてもそれに体が追い付くわけではない。ついに化け物の攻撃を前にして足がもつれてしまった。ここまでかと観念して目を閉じたが、衝撃が来ることはなかった。
「あんた大丈夫⁉こんな時間に何やってんのよ!」
聞き覚えのない懐かしい声が聞こえた。目を開けると、見覚えのない懐かしい顔があった。名前はいまだに思い出せないけど、彼女はきっと、俺の記憶の中の少女だ。
そんな現状を確認し終わった後、ようやく俺は自分が涙を流していることに気が付いた。