人形と本物   作:ばやす

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ありがとう

 目の前には初対面のはずなのにひどく懐かしく感じる少女が、デカい剣を持ってこちらに駆けつけてくれた。

 

??「大丈夫...というよりアンタ、さっきの青い蝶とかピグマリオンが見えてたの⁉」

 

 口ぶりから察するに、どうやら先ほどの蝶や化け物は一般人には見えないものらしい。

 

八幡「ああ、ハッキリとな。あれは一体何なんだ?」

 

 さっさと礼を言うつもりだったが、彼女は慌てたような声音で聞いてくるので言う機会を逃してしまった。目の前の少女は考え込む様子で返事がないので、辺りを見渡した。目に映ったのはさっきとは比べ物にならないほどの量の化け物と互角以上に戦う8人の少女たちと、その近くで指揮を執っている一人の男だった。

 

 

 もはや一種の戦争だと思いながらただ目の前の非日常を見ていた。さっきの少女もいつの間にか戦闘に参加していて、あの無限ともいえるぐらいに現れた化け物も、気が付けば両手の指で数えられるぐらいに減っていた。

 

 しかし、全滅目前というところで最後の一体が俺の真上から俺に向かって突撃を開始した。すぐさま指揮を執っていた男が気が付き指示を飛ばしたことで気が付いたが、全員俺には届かない位置にいた。

 

 目の前から大口を開けて俺に食らいつこうとする化け物を見ても、俺は意外と冷静だった。体は限界を迎えていたが、頭は今までにないほどにクリアだ。目の前の怪物の一挙一動が見える。周りの少女たちや指揮をとっていた男の絶望しきった顔が見える。それと同時に、俺の中を様々な感情が駆け巡る。

 

死に抗い命を取り留めようとする「執着心」。

 

非日常に足を突っ込んだ「高揚感」。

 

目の前の絶望を打ち砕いてやりたいと思う「反発心」。

 

そして冷静さを保つためにそれらすべてを意のままに操る「理性」。

 

 生きてきて、これだけ自分の中に感情があふれ出るのは小学校以来だ。

 

冷静だからといって恐怖がない訳では無い。俺は逆立ちしようとただの一般人で、彼女たちのような化け物を吹っ飛ばすようなパワーがある訳では無いし、化け物が目で追えないぐらい早く動けるような瞬発力、敏捷性もない。そしてそれらを覆す戦闘技術もない。

 

傍から見れば勝ち目なんてない。俺だってそう思う。

 

だけど俺は今この場に微動だにせずに立っていて、両の目は相手を捉え、右の拳は目の前の現状を打破し、生き抜くために、固く、硬く、堅く握られている。

 

勝つビジョンはまるで見えない。だが不思議と負ける気がしなかった。死ぬ気もしなかった。アドレナリンか何か知らないが、今この一瞬震えを止められたのは僥倖だ。勝てなくても負けるわけじゃない。彼女たちの誰かが俺のところに到達するまで死ななければいいだけだ。

 

 相手の牙が俺の首をとらえる瞬間に全力で後ろに跳んで、命を食いちぎる一撃を回避する。

 

 しかし相手は反射神経も化け物仕様らしく、地面にぶつかることなく急ブレーキをかけそのまま俺の方にめがけて再度突進しようとする。しかし、そんなことは織り込み済みだ。相手がこちらに向けてもう一撃を放つ前に、自身の感情を全て乗せた全力の拳をお見舞いする。

 

 こんなところで死んでたまるか。

 

 俺はまだ記憶の中の少女に礼を言っていない。

 

 あの子が居なけりゃ今の俺はいない。

 

 礼を言うんだ。

 

 俺をみんなの中に入れてくれてありがとうって。

 

 引きこもり気味だった俺を外に連れ出してくれてありがとうって。

 

 

 俺に、本物をくれてありがとうって

 

 

 その一撃は決して目の前の敵を打ち砕くほどの威力はなかった。しかし、その一撃に乗せた感情は、莫大な感情を込めた攻撃以外は一切通しはしない、無を払う不可視の重装甲を打ち破った。

 

 とどめを刺したわけではない。しかし相手にとって、装甲を破られたことによる一瞬の怯みが、致命的だった。

 

 その瞬間、俺の前に一陣の風が吹き荒れた。気づけば目の前にいた化け物は横なぎに両断され、灰と化していた。

 

 そして目の前にいたのは、先ほども助けてくれた、忘れたくても忘れられない一人の少女だった。

 

 

「ありがとう、理奈。」

 

 

 ふと、自分の口から覚えのない名前が出てきた。だけどそれは妙に呼び慣れていて、違和感なんてものは存在しなかった。

 

 ああ…やっと思い出せた。加賀美理奈。それが彼女の名前だ。

 

 俺の目から涙が零れ落ちると同時に、彼女もまた涙した。彼女は少し戸惑っているようだったけど、いつしかその戸惑いの色は消えて、いつの日か見たきりだった淡い笑顔をこちらに向けて、

 

 

「見つけてくれて、ありがとう。八幡。」

 

 

 彼女からこぼれた笑顔と言葉は、きっともう二度と俺の中から消えることはないだろう。

 

 

 

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