理奈=アヤ
それではお楽しみください。
理奈が歯型の怪物を叩き切った後、他で戦っていた少女たちや指示を飛ばしていた男がこちらに駆け寄ってくる。
??「君、怪我はないかい?」
男が代表して声をかけてくる。
八幡「大丈夫です。強いて言うなら足と目の疲労感が凄いぐらいです。」
長い間走ったり攻撃をよけたりして足に疲労がたまっているのはもちろん、相手の動きを正確にとらえ続けた目にも疲労がたまっていた。
マスター「そっか、それはよかった!僕のことは、マスターと呼んでくれ。それで、君の名前も教えてもらえるかい?」
こちらを安心させるような笑顔でこちらに問う。
八幡「比企谷八幡です。」
マスター「いい名前だね!それで八幡君。非常に申し訳ないんだけど……」
男は少し間を開ける。その理由は何となく予想できる。俺でなくとも少し頭をひねればわかることだろう。事実として、次の男の言葉が俺の予想を確信に変えた。
マスター「君が出くわした怪物も、それらと戦ったここにいるDOLLsのこの姿も国家機密なんだ。だから非常に申し訳ないんだけど、事務所までついてきてもらうことになる。悪いけど、拒否権は無いと思ってくれ……。」
八幡「……ついていけば、全て教えてもらえるのか?どうして俺やみんなが理奈の存在を忘れたのか。そして、どうして理奈があんな化け物と戦っているのか。」
どうして俺や他のみんなが彼女のことを忘れてしまったのかも、彼女がどうしてこんな線上で戦っているのかも、おそらくついていけば答えが得られるはずだ。
マスター「……知ってしまえば、二度と君の人生に平穏は訪れないよ。」
こちらを威圧し、俺を試すような低い声で俺の覚悟を確かめる。
八幡「それでも俺は知らなければならない。やっと見つけたんだ、俺の本物を。たとえ行き着く先は地獄だとしても、知って後悔することはねぇ。」
マスター「……そうかい。とりあえず、事務所に行こうか。」
そこからは俺、理奈、マスター、他のDOLLsと呼ばれた少女たちも一言すら話すことなくDollsの事務所へと向かった。
外観はかなり派手であったが、中はどこにでもあるオフィスという感じであった。外はすでに真っ暗であったが中は明るく、ロビーには深夜にもかかわらず受付が一人で仕事をしていて、俺たちに気が付くと席を立った。
カナ「お待ちしていました。あなたが報告にあった比企谷さんですね。私はDOLLs事務所の事務員を務めている、カナといいます。お疲れのところ申し訳ないんですが、班目所長がお待ちになっています。」
深夜である上に先のこともあって疲労がたまっているが、どうやらまだ休むことはできないらしい。
マスター「わかりました。八幡君、行こうか。アヤもついてきてくれるかい?」
アヤ「わかったわ、マスター。」
アヤと呼ばれた理奈が返事をする。疑問に思ったが、それもこの後で説明されるだろう。
マスター「それじゃあついてきてくれ。」
マスターが歩き始めたのでついていく。理奈と少し話したかったが、理奈もマスターも落ち着きがない様子なので声をかけるのはやめておく。おそらく俺というイレギュラーが介入したのはこれが初めてなのだろう。
一言も話さぬ間に、指令室とプレートに書かれた部屋の前についた。マスターは3回ノックした後部屋に入っていく。その次に理奈が入っていくので俺もそれに続く。
班目「マスター、アヤ、ご苦労だった。そして君が報告にあった比企谷君か。私はDOLLs事務所の所長を務めている班目だ。」
平塚先生より少し若いであろうロングの黒髪の班目という女性がここの所長のようだ。
班目「君には聞きたいことが山ほどあるだろうが、こちらにも守秘義務がある。申し訳ないが、まずは君の意思を確認してからでなければ話せない。」
俺の意思、とは恐らく機密情報を漏らさないことの確約だろう。
八幡「……口だけでは信じてもらえませんよね。俺は何をすればいいですか?」
俺の返答を聞いて、所長は口元をかすかに緩める。
班目「話が早くて助かる。比企谷君、君にはここの寮に住んでもらい、アイドルグループ、『DOLLs』にマネージャーとしてマスターのサポートについてもらいたい。その代わりにこちらは君に情報を提供しよう。質問があれば聞いてくれ。」
アイドル?そういえば全員どこかで見た気がすると思えば、小町が見ていたテレビに映っていたことを思い出した。
そんなことを思い出しつつ、するべき質問を整理する。もし俺が断わったら、なんて質問はいらない。この状況に於いて俺がこの条件を断る理由は無い。この事務所までついてきた時点である程度の覚悟は決めていた。また、込み入った質問も後回しだ。今はこの取引について聞くべきだろう。
八幡「マスターのサポートというのは、さっきの怪物との戦闘も含まれるんすか?」
班目「ああ、奴らはピグマリオンといって東京にのみ存在する。DOLLsはA、B、Cチームに分かれているから、主に分かれて行動しているときにどこか1チームの指揮を執ってもらうことになる。」
八幡「俺は学生です。寮に住むとなると登下校に不自由がでるんですけど。他には自主退学とかはあり得るんすか?」
班目「そこは心配いらない。こちらとしても最低でも高校、できれば大学まで出てもらいたいのが本音だ。登下校はこちらで車を出す。ただ、仕事、主にライブが重なってしまえばこちらを優先してもらうことになる。」
八幡「仕事で学校を休まざるを得なくなった場合、公欠扱いになるんすか?」
班目「すまないが、普通に欠席扱いだ。そもそもDOLLsは表向きには何の変哲もないアイドル事務所となっている。つまり国が関わっているとは知られていないし、知られてはいけない。だから公欠というのは不可能になる。」
八幡「ライブの頻度ってどれぐらいなんすか?」
班目「今のところは最低でも1ヶ月に1回、多くても二週間にに1回となるだろう。しかし、知名度が上がるにつれて頻度はどんどん上がっていくことになるだろう。」
八幡「家には好きな時に帰れるんすか?」
班目「ライブや大きな仕事の前は難しいが、それ以外の時は外出届さえ出してもらえればいい。とはいっても、あまり頻度が高すぎるとこちらも困るのは事実だ。寮の意味もなくなるからな。多くとも2ヶ月に1回ぐらいにしてほしい。」
八幡「給料は出たりするんすか?」
班目「当然だ。詳しくは後程書面で見せるが、寮での生活費を引いたとしてもそれなりの額が出ることを約束しよう。」
聞きたいことはあらかた聞けた。細かいことはまた今度でも聞けばいいだろう。……次の質問が本命だ。
八幡「……ここで働いた場合、部活に出ることは可能ですか?」
少し雰囲気が変わった俺を見て、所長、マスター、理奈は訝しげな顔になる。
班目「いや、悪いが授業が終われば直帰してくれ。帰ってきてからも仕事はあるし、何より部活動となると情報漏洩のリスクも上がる。」
それを聞いて俺は、安心した。いや、安心してしまった。俺は本物が奉仕部にあるかもしれないと心のどこかで思っていた。だが、そんなものはなかったと結論を出し、部室に顔を出しづらくなった。その後で他の場所に乗り換える自分を考えて、ひどく独善的で、醜く思ってしまった。
班目「……何か問題でもあったか?部活動のことで。」
八幡「……いえ、特に問題は無いです。わかりました。この取引に乗ります。」
と言うと、班目所長の表情は変わらなかったが、マスターと理奈の表情は少し柔らかくなった。ボロを出さないか心配していたのだろうか。少しのボロで国家機密が漏洩するという立場は、緊張しない方がおかしいものだ。
班目「わかった。まだ契約は終わっていないが、夜も遅いしここに泊まっていくといい。今日はまだ寮の準備ができていないから家具はベッド以外に何もないが、空き部屋を使ってくれ。そこが今日から君の部屋だ。荷物も届き次第すぐに設置しよう。君の両親には仕事のことも含めて連絡しておく。話は以上だ。」
保護者への説明、これはおそらく肝心な部分をぼかすか、あるいは説明せずに了承を得に行くことになるだろう。
それはともかく、今日はもう休んでいいらしいが、その前に、これだけは聞いておかねばならない。
八幡「帰る前に聞きたいことがあります。」
班目所長は分かっていたかのように続きを促す。
八幡「どうして、理奈の記憶がみんなから消えたんだ。それに、さっき聞いたがそっちは理奈のことをアヤと呼んでる。これはどういうことだ。」
口調を強めて問いただす。俺はこの理由を聞くためにさっきの取引に応じたのだ。答えられないでは済まさない。
班目「まだ正式に契約を結んだわけではないが、いいだろう。君には酷な話になるが、構わないな?」
俺は首を縦に振る。
班目「覚悟はできているようだな。彼女が忘れ去られた理由は、彼女の胸元にあるギアが関係している。ギアを埋め込まれた少女はドールという存在になる。ドールになると死の淵から蘇り超人的な身体能力を手に入れられる。その代償として装着者の記憶や一時的に感情の起伏が無くなり、ドールになる前の存在が全て消えてしまう。その時に名前はアヤと名付けた。」
八幡「ちょっと待て!つまりそれは、理奈が死にかけたってことか⁉」
あまりの驚きに何年振りかもわからない怒鳴り声をあげてしまう。冷静に努めるために頭を回す。彼女がいなくなる数日前のことだ。彼女は確か、妹のために手術をすることになって学校を休んでいた。つまり……。
八幡「あの手術が原因だってのか……?」
気づかぬ間に出していたつぶやきに今度は班目所長が驚く。マスターと理奈は何が何だかといった顔だ。
班目「どうして君は彼女のことをそんなに覚えているんだ?本来なら君も例外なく彼女のことを忘れているはずだ。」
そう聞かれたが、俺だって詳しいことは何も分からない。つい最近までは俺も忘れていたのだから。
八幡「わからない……。修学旅行が終わった後、昔のことを思い出していたら突然理奈との思い出が頭に浮かんだ。その時は名前までは思い出せなかったが、独りぼっちだった俺を気にかけてくれていた女子がいたことだけは思い出したんだ。名前は、さっき怪物どもに襲われてたところを理奈に助けてもらったときにいつの間にか口から出ていたんだ。」
班目所長は一度落ち着きを取り戻すためか、一息ついてもう一度俺に視線を向ける。
班目「比企谷君が覚えているアヤのことを一度全部話してくれないか?」
今日のことで理奈のことはほとんど思い出したので、知っている限り全てのことを話す。
八幡「まず、本名は加賀美理奈。誕生日は11月11日で、俺と同じ海浜第一小学校に通っていた。家族構成は父、母、理奈、妹の4人。性格は明るかった。たまに照れると言葉遣いがとげとげしくなるけど、本心でないことは明白なぐらいわかりやすかった。俗にいうツンデレってやつだ。」
そこは今と変わらないんだね、とマスターがボソッと口にすると、理奈にも聞こえていたのかわき腹をどつかれていた。
八幡「持ち前の性格のおかげか友達が多くて、いつも周りには人があふれていた。後は、お菓子作りも得意だったな。理奈の家にお邪魔するといつもクッキーを焼いてくれたし、誕生日にはケーキを作ってくれた。妹が病気を患っていて、手術の付き添いで学校を休んだところで最後だな。」
班目「待て。君はアヤの家を覚えているのか?」
その質問に首を縦に振る。週に2,3日はお世話になっていたのだ。ギアのせいだとしても、どうして忘れられたのか不思議なぐらいだ。
その事実を確認した後、班目所長はしばらく考え込んだ後、理奈に問いかける。
班目「アヤは、過去に住んでいた家を見てみたいか?」
理奈は少し考えたが、首を横に振った。
理奈「いいえ、やめておくわ。八幡からあたしの本名を聞いても正直ピンとこないし、戻っても家族はあたしのことを覚えていないでしょうし、あたし自身もあまり家族のことは覚えてないもの。」
八幡「じゃあ、俺のことも覚えてないのか?」
理奈「いいえ、あたしも八幡と同じでさっき八幡のことは全部思い出したわ。でも、思い出す前からも、よく八幡の夢を見てたわ。その時は顔にもやがかかったようにはっきりと見えなくて、名前も思い出せなかったけど。」
どうやら理奈も俺のことを思い出してくれたらしい。彼女がいなくなったことを思い出せもしなかったのに、なぜかずっとぽっかりと空いていた心の隙間がふさがっていくのを感じた。
八幡「今更だけど、ようやく伝えられる。理奈、小学生の時に、俺を友達にしてくれてありがとう。お前がいてくれたおかげで、あの頃は明日が来るのが億劫になる日なんて全くなかった。忘れちまってた俺が言うのもあれだが、あの日々は俺の宝物だ。」
ようやく、想いを伝えられた。これは、小学生の頃に理奈が手術から戻ってきたら伝えようと思っていたことだ。
理奈「あたしの方こそ、八幡には感謝してるわよ。ひねくれ者だけど、何かあれば必ず助けてくれた。誰にも悩みなんて打ち明けたことなかったのに、八幡だけはすぐに気付いて声をかけてくれた。あたしにとっても、あの頃は宝物よ。……ありがとね。」
彼女の照れている顔を見るのも久々だ。17歳になっても、変わらないものだ。
八幡「ところで、俺も理奈のこと、アヤって呼んだ方がいいか?」
そう言うと、理奈は少し悩んでいる。
アヤ「アヤって呼んでくれる?みんなの頭がこんがらがっちゃうかもしれないから。それに、過去は過去、今は今よ。理奈としての記憶は八幡のことしか残っていない。けど、アヤとしての記憶は全部持ってるから。それに、アヤって名前でも、思い出はいくらでも作れるでしょ?」
彼女は、アヤとして生きていくことを決めたらしい。彼女が自分で決めたことなら、俺はそれに従う。理奈だろうと、アヤだろうと、俺と過ごした記憶は確かに存在する。仮になくなっていたとしても、また作ればいいだけだ。
班目「話は終わったか?」
完全に空気だった班目所長が口を開く。所長とマスターがいるのに、とてつもなく恥ずかしいことを口走ってしまった。アヤの方を見ると、彼女も顔を真っ赤にしている。
マスター「僕、最初から空気だったね……。」
マスターが独り言ちる。
班目「積もる話も山ほどあるだろうが、夜も遅い。今日は早く休め。マスター、寮の案内を頼めるか?」
尋ねられたマスターは、嫌な顔一つせずはいと返事をする。
話が終わったので、全員所長室から出る。
マスター「というわけで、今日から僕は八幡君の先輩だね!分からないことがあったら何でも聞いてくれ!あと、話すときは無理に敬語を使う必要はないよ。」
なぜかマスターは超ご機嫌だ。おそらく俺が来るまではここに男性職員はいなかったから、肩身が狭かったのだろう。
八幡「わかった。これからよろしく頼む。アヤも、これからよろしくな。」
アヤ「ええ、よろしく!八幡が来てくれたからこれからはもっと楽しく過ごせそうだわ!」
これは、俺がDOLLsのアイドル活動のサポートやピグマリオンとの戦いの中で、本物を見つけ出す物語だ。