反町渚の希望と絶望   作:転寝

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第10話「生きる意味」

 …もう二度と目を開けられないと思ったのに、気が付いたら病院にいた。

 躰はまだ少しぼんやりしている。重い腕を持ち上げ、頭部があるべき場所にきちんと存在している事を確認するとため息が漏れた。

 自分は死にそびれたのだ。魔法少女の回復力を侮っていた。頭を落とせば死ねると思ったのに…。

 首には包帯が巻かれていたが、傷は治っているようだった。窓の外は夜が広がっており、枕元にあったデジタル時計で時間を確認してみると二日が過ぎている事が判明した。

 夜なので患者以外は誰もいない。とはいえ寝付けず、渚はぼんやりと天井を眺めた。

 もはや生きる気力は失われている。とはいえ死ねないのも考えものだ。確実な死を齎す方法が何かないものか…。

 そんな事を考えながら再び窓の外に視線を移すと、見慣れたシルエットがあるのを見つけた。

 

(…何しに来たの)

 

 渚はテレパシーでその影…キュゥべえにきいた。

 窓は開けられないので彼を中に入れる事は出来ない。最も中に入れてやる必要なんてないのだろうけれど。

 

(死ねなかったみたいだね。朱里に感謝するべきだ)

(朱里さん…?)

(朱里がキミを助けたんだよ。あのまま放置していても治るだろうけどもっと大きな事態になっていたかもしれないからね。そういう意味で彼女に感謝すべきだ)

(……言いたい事はそれだけ?)

 

 渚が問うと、キュゥべえは「朱里から伝言があるよ」と言った。

 

(明日の朝、お見舞いに来るってさ)

(…そうなんだ。伝言ありがとう)

 

 渚がそう言うと、キュゥべえは姿を消した。

 眠気はないが目を閉じる。

 それ以外にやることがなかったからだ。

 

 

 ―翌日、陽ヶ鳴市

 

 藤野朱里は身支度を整えると、市内に所在する病院―陽ヶ鳴総合病院へと向かった。

 二日前、渚に追い出されて海乃の部屋を出た朱里は、その後に嫌な予感を覚えて再び部屋へと引き返した。

 ドアを開けると渚の躰が倒れており、その頭部は躰にくっついていなかった。

 びっくりして、朱里は渚に駆け寄った。どうやら死んではいないようだったので断面を繋ぎ合わせる為に魔力を流し込み、治癒力を強化する。しばらくすると何とか繋がったので、朱里は美佐子にある程度の事情を説明した後、救急車を呼んだ。

 渚は直ぐに病院へと運ばれていったが、それから暫く面会謝絶だったのでどうなったのか分からなかった。

 面会自体は昨日から可能だったらしいのだが、運悪く忙しかったので行けなかった。なので今日が初めての面会である。

 最後に会った時、渚は自分を突き放した。普段は優しくおっとりしている渚がそこまで態度を豹変させたのだから、海乃の件はそれほどショックだったのだろう。

 正直、渚に会うのは怖かった。だが、彼女は自分の仲間だ。お見舞いに行かない訳にもいかなかった。

 病院に着くと受付で手続きを済ませ、渚の病室を教えて貰った。この病院には何回か来た事があったので、迷わず病室に辿り着く事が出来た。

 病室は個室ではないので、何人かの患者がいた。渚は一番奥のベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見つめていた。

 

「渚ちゃん…」

「…朱里さん」

 

 声を掛けると、渚はこちらを向いた。その顔にはいつもの様な笑顔は浮かんでいない。

 

「えっと、その…大丈夫?」

「…傷は随分と良くなりました」

 

 素っ気なく答える渚。

 朱里は何を話せばいいものか分からず狼狽えたが、何とか気を落ち着かせて話し掛ける。

 

「…まだ、死にたいと思ってる?」

「…はい。願いが叶わないと分かった以上ら生きる意味なんてないし…それに、わたしのせいでお母さんは魔女になったんですから」

「そんな事はないよ…」

「なんでそう言い切れるんですか?」

 

 冷たい声に、朱里の肩がびくりと跳ねる。渚は濁った目をこちらに向けて、投げやりな口調で言った。

 

「わたしが叔父さんに犯されていれば、その隙にお母さんは逃げ出せたかもしれない。わたしがいたからお母さんは魔法を使って魔女になったんです」

「そんな事…」

「わたしがいたからお母さんは叔父さんと一緒になってしまった…わたしなんて、いない方がよかったんです」

「…っ」

 

 普段の渚からは考えられないほど冷たく、投げやりな言葉。

 それをきいた朱里は俯き、「そんなことない」と呟く。

 だが、自分がいくら言った所で渚は「自分が悪い」と思い続けるだけだろう。

 どうすればいい?

 どうすれば、渚を救い出せる?

 

 ―その時、周りの景色が変化した。

 病室から殺風景な部屋への変化。先程まであったベッドは消え失せ、その代わりに慈母の魔女が鎮座していた。

 朱里はすぐさま変身し、周りを見渡す。他の患者も結界に取り込まれたはずだがその姿は見えなかった。だが、直ぐに魔女を倒さないと犠牲者が出るだろう。

 渚はぼんやりと魔女を見つめている。変身する気も起きないようだった。

 

(…せめて渚ちゃんだけは、私が守る!)

 

 朱里は斧を構え、魔女に向かって突貫した。

 以前と同じ、斧を振り回す愚直な攻撃。

 魔女もまた、以前と同じ様に触手でガードしていく。

 魔力を込めた斧で次々に触手を斬り裂いていくが、いかんせん数が多過ぎる。魔女の本体に辿り着く事は不可能に近かった。

 

「うわっ!」

 

 背後から忍び寄った触手が足を捕らえ、そのまま上へと放り投げる。

 体勢を整える間もなく、十本ほどの触手が朱里の躰を貫くべく伸ばされた。

 咄嗟に斧でガードしたので大事には至らなかったが、何本かが脚を貫いた。

 鮮血が飛び散り、無様に落下する。

 脚を刺している触手を斬り、動こうとするが―そこで躰が崩れ落ちた。

 

(脚が動かない…!)

 

 脚の傷からはドクドクと血が溢れている。傷が深過ぎたのか、動かすことさえままならない。

 朱里が動けないのを確認した魔女は渚に向けて触手を構えた。

 

「渚ちゃん!」

 

 叫ぶが、渚は目の前に広がる死をぼんやりと見ているだけだ。

 手に魔力を込め、渾身の力で斧を投げ付ける。が、それは魔女の本体に到達する前に防がれた。

 

「うぁっ…!」

 

 それどころか、伸びてきた触手に胴体と手の甲を貫かれた。

 魔女の躰へと戻っていく触手は赤く染まっている。このままだと、渚も同じ目に遭うだろう。

 渾身の力を込めるも、躰は動かない。

 そのうちに、魔女が完全に狙いを定め終わったのか、グッ…と身を(こわ)ばらせた。

 次の瞬間、無数の触手が渚に向かって伸びた。

 迫りくる死に、渚は…。

 

 

 頬に温かいものを感じて目を開けた。

 触手を目の前にして、やっと死ねると思った。だから目を閉じて、その瞬間を待っていた。

 しかし、予想していた痛みはやってこない。それを不思議に思い、目を開けて…渚は硬直した。

 

「朱里…さん…」

 

 目の前には朱里がいた。彼女の躰は無数の触手に貫かれており、両脚は欠損していた。

 

「渚ちゃん…よかった…」

 

 触手が躰から抜かれると朱里は吐血し、床に倒れ込んだ。

 

「なんで…」

「脚に魔力を溜めて爆発させれば…渚ちゃんの所に行けると思ったんだ…成功だったね…」

 

 朱里は微笑む。

 ききたいのはそんなことじゃない。

 

「なんで、わたしなんかを…!」

「生きていてほしいから…それだけだよ」

 

 朱里は渚を見て、少しおぼつかないながらもしっかりした口調で言う。

 

「渚ちゃんのお母さんも…海乃さんも、そう思った筈だよ。渚ちゃんに生きていて欲しいから…戦ったんだよ…」

「………」

「私もそう…渚ちゃんに生きていて欲しい…だから、命を捨てようとしないで…」

 

 朱里は渚の頬に手を伸ばし、そこに付着した血を拭う。

 

「さっき、生きる意味はないって言っていたけれど…それは違う」

 

 生きる意味はあるよ―そう朱里は言った。

 

「お母さんの為に、私の為に…生きて、渚ちゃん…」

「わたし、は…」

 

 目の前の魔女を見る。

 かつて母だったそれは、再び触手を構えて渚を無感情に見ている。

 

「…でも、わたしにはお母さんを倒す事なんて…」

「大丈夫、私も一緒に背負うよ。だから…変身して、戦って…もう一度、生きる為に…」

 

 お母さんだって、それを望んでいるよ…。

 朱里はそう言うと、目を閉じた。回復しているとはいえ、傷が深いのは変わりないのだろう。

 魔女が躰を強ばらせる。

 今度こそ、自分を殺すつもりだ。

 

(……お母さん)

 

 渚は目を閉じる。

 脳裏に、母の必死な声が蘇る。

 

『逃げなさい!渚!』

 

 あの時、母は自分を守ろうとしてくれていたのか。

 自分に生きて欲しいと思ってくれたのか。

 意識を失った朱里を見る。

 彼女は、自分に生きて欲しいと言ってくれた。

 

(……わたしは)

 

 触手が放たれる。

 それは渚の躰を貫き、グズグズの肉塊へと変える筈だった。

 

 触手は虚空を貫いている。

 渚は朱里を抱えて真横へと跳び、魔女の攻撃を回避していた。

 渚は朱里を床に横たえ、魔女を見据える。

 その躰が光に包まれ…魔法少女の服装へと変化した。

 手に持つ魔法の杖を魔女に向け、渚は静かに言った。

 

「お母さん…わたし、生きるよ」

 

 朱里を守る為に。

 母親の想いを無駄にしない為に。

 

 反町渚は、もう一度立ち上がった。

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