魔女が伸ばした触手を回避し、魔力弾を撃ち込む。
それは易々と防がれたが、渚は続けて魔力弾を放ち、魔女の気を引いた。
今のところ、魔女は渚を優先して狙っている様だったが、それがいつまで続くかは分からない。重傷を負って動けない朱里から魔女の気を逸らす必要があると判断しての行動だった。
触手を躱しながら、魔力をチャージする。弱い魔力弾が効かないなら魔力を溜めて強い弾を放てばいいと思ったのだ。
魔女の攻撃は苛烈だった。次々と触手が伸ばされ、渚の躰を貫かんとしている。渚はその尽くを回避していくが、まれに掠る事があり、その時は冷や汗が流れた。
今も触手が頬を掠め、血が流れ出した。だがそれに構っている暇はない。魔力が溜まりきったのだ。
渚は後方へと下がり、狙いを定める。
そして、
「…いっけえええっ!」
気合いと共に、魔力を解放。
放たれた魔力弾が触手の壁とせめぎ合う。
また防がれるのか―そう思ったが、魔力弾は触手の壁を突き破り、魔女の本体へと到達した。
威力は減衰しているものの、確かに一撃を喰らわせた。
このままいけば―そう思った瞬間、心臓に熱い感覚を覚えた。
「あ…」
一本の触手が心臓を貫いていた。
それが引き戻された瞬間、血が噴水のように噴き出し、意志とは無関係に躰が崩れ落ちる。
痛みはそこまでないが、不快感が凄まじい。渚は歯を食いしばり、何とか立ち上がろうとした。
しかし、その前に魔女の触手が渚の脚を絡めとった。
「しまっ…」
両腕と胴体も絡め取られ、磔の形で拘束される。
締め付けが強く、杖を取り落としてしまう。魔女は渚を弄ぶかのように彼女の躰を持ち上げた。
「はなしてっ…!」
必死にもがくが、拘束は緩まない。それどころかますます強く締め付けてきて、渚は呻き声をあげた。
「っ、ぁう……!」
魔女が触手を構える。
アレに貫かれたらおしまいだ。何とかして抜け出そうとするが、もがけばもがくほど締め付けてくる。
ダメだ…。
このままじゃ、やられる…!
魔女が狙いを定め終わったのか、身を強ばらせる。
そして―狙い通りに放たれた無数の触手は、渚の躰を容赦無く貫いた。
「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!」
痛いを通り越して、躰中が熱い。
ある程度の痛みはカットされているはずなのだが、それでも感じた事のない激痛に渚は絶叫した。
魔女は拘束を解き、渚の躰はゴミの様に地面に落下した。その衝撃でまた激痛が襲い掛かり、渚は叫びながら床をのたうち回った。
思考がまとまらず、ものを考える事が出来ない。
涙や涎がひっきりなしに流れ、渚の顔や服を汚していく。
太腿にも不快な感覚があった。自分が失禁している事が分かっていても、どうする事も出来ない。
「ぜえっ…ぅ…あぁ…っ…ああぁあぁ…」
血の味がする。
叫び過ぎて喉を壊したのかもしれない。
渚は無様に這い蹲った。
床には血溜まりが拡がっている。こんな状態になっても死ねない己の身を呪った。
首を持ち上げ、霞む視界で何とか辺りを見渡す。
魔女は悠然と佇んでいた。おそらく次に攻撃を食らったら意識を失うだろう。
―もう、いいよね。
そんな考えが頭を過ぎる。
自分は魔女に一撃を食らわせたのだ。もう、十分やった。このまま這い蹲っていれば魔女が殺してくれる。それで終わりで、いいじゃないか…。
そんな考えに支配される渚の視界に、もうひとりの少女が映った。
―こんなところで諦めてちゃダメだ。
朱里は、渚と同じかそれ以上の苦痛を味わった筈だ。
なのに彼女は苦痛の喘ぎも漏らさず、渚を護ってくれた。
自分がここで諦めたら、朱里まで犠牲になってしまうし…何より、朱里や母の想いを無駄にしてしまう。
それはダメだ。生きる為に戦うと決めたのに、こんなところで諦めていてはダメなのだ。
渚は自分を叱咤して無理矢理立ち上がった。足は震え、躰はボロボロだ。今更立ち上がったところで大した抵抗が出来るとは思えない。
(…それでも、わたしは―!)
渚は遠くに転がっている魔法の杖に目をやる。
どうにかしてあれを拾う事が出来れば、全魔力を込めた一撃を放つ事が出来る。
だけど、どうすれば―そこまで考えて、ひとつ思いついた事があった。
先程、朱里がやっていた脚に魔力を溜めて爆発させる方法。あれならろくに動かない躰でも杖の元に辿り着けるかもしれない。
(魔女が攻撃してくる前に、やるしかない…!)
渚は脚に魔力を溜める。
多分、これで脚は使い物にならなくなるだろう。だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
今度こそ仕留めようと思ったのか、魔女が触手を伸ばしてきた。かなりの速さだ。
しかし、それよりも早く渚は動いた。
脚に溜めた魔力を解放すると同時に地面を蹴る。
脚に灼ける様な感覚を覚えた次の瞬間―渚の躰は勢いよく進み出した。
自分でも制御出来ないスピードに顔を歪めながら、手を伸ばす。
乾いた音がして自分の手に杖が握られた。そのまま地面をごろごろと転がり、壁にぶつかって停止する。
これで武器は確保出来た。後は…魔力を溜めるだけだ。
魔女が渚の方を見て、無感情に触手を伸ばしてくる。
脚が上手く動かないので避けようがない。致命傷になりそうなものはなんとか防御し、そうでないものは受けていた。
さらなる痛み。しかし、先程よりはマシだ。
やがて、魔力が溜まり切る。
これが最後の攻撃になるだろう。外したら…そこで終わりだ。
狙いを定める。魔女が触手を伸ばした後に生じる一瞬の隙を突こうと決めていた。
魔女の触手を辛うじて回避。
今だ…。
「…これで、終わってっ!」
眩い光と共に、杖から巨大な魔力の弾が発射される。
魔女は触手でガードしたが、今度は容易くそれを引きちぎり、魔女の本体へと到達した。
閃光と爆発、そして―。
*
渚は床に倒れていた。
景色は先程から変化していない。そして、目の前には触手を引きちぎられ、虫の息になりながらも佇む魔女の姿があった。
(……)
ゲームオーバー。
渚にはもう対抗策は残されていない。杖は手元にあるが、魔力に耐えられなかったのかボロボロになっていた。
魔女は虫の息だが、攻撃するくらいの余力はある様だった。今も触手を構え、渚を貫かんとしている。
(…ごめんなさい)
朱里と母の想いに応えられなかった。
悔しくて、涙が零れる。
そんな渚を嘲笑うかのように、魔女はグッ…と身を強ばらせた。
渚が死を覚悟して目を閉じようとした、その時―。
「渚ちゃん!」
そんな声と共に、魔力の波が放たれた。
魔女の気が逸れ、魔力を放った少女―藤野朱里を見る。
朱里はある程度回復したのか、躰を起こせる様になっていた。脚が無いので動く事は出来ないようだったが、それでも必死の想いで渚を助けようとしたのだろう。
「朱里さん!」
安堵より先に、焦燥感が込み上げる。
このままだと、朱里が…!
(…渚ちゃん、魔女がアタシを攻撃している隙にアイツを倒して)
(でも、それじゃ朱里さんが…!)
(…アタシは大丈夫、あと一発なら耐えられる)
そこで気付いた。
朱里の口調が、若干ではあるが変化している事に。
(朱里さん、血を…?)
(倒れる前、渚ちゃんのほっぺたに付いた血を拭ってたからね。それで魔法が発動したんだよ)
とにかく、アタシは大丈夫―そう朱里は言った。
(この躰、ヘンに頑丈だから耐えられると思うし…何より、これは渚ちゃんがけりを付けなきゃいけない事だと思うから)
(…分かりました、やってみます)
渚がそう言うと、朱里は手早く作戦を伝えてきた。
それに同意して―渚は魔女の方を見た。
魔女は朱里を仕留めようと力を溜めている。
まだだ…まだ、タイミングは早い。
長いようで短い硬直状態。
そして―魔女が動き出した。
勢いよく触手が放たれる。
朱里はそれを見ると、「今だよ!」と叫び、近くに落ちていた斧を投げた。
瞬間―渚は動いた。
魔力を脚に溜め、無理矢理暴発させる。
脚がひしゃげ、躰から切り離された。
渚の躰は勢いよく飛んでいき―空中で斧をキャッチ。そのまま魔女に突貫していく。
斧は紅く輝いていた。朱里が残り少ない魔力を込めたのだ。
魔女が気付いた時にはもう遅かった。渚は斧を構え―
「…やああああああああああああっ!」
―渾身の力で、魔女のコアを両断した。
魔女が音もなく崩れ落ち、光に包まれて消えていく。
渚は地面に転がり、朱里は自分が作った血溜まりの中に沈みながら、その様子を見ていた。
魔女が完全に消滅するその寸前―ふたりは女性の姿を見た。
―渚、幸せに…。
もしかしたら幻聴だったのかもしれない。
だけど、渚と朱里はその声をきいて微笑み…微睡むように目を閉じた。
次回、最終話(エピローグ)です。