渚と朱里が慈母の魔女を倒してから、三週間が経過した。
朱里は病院までの道をゆっくりと歩いていた。まだ脚が治りきっておらず、時折痛みに顔を顰めるが―それでも、傷は随分と癒えた。
結界が発生した場所が病院という事もあり、渚と朱里は直ぐに治療を受ける事が出来た。怪我よりソウルジェムの濁り具合の方が心配だったのだが、次に目覚めた時はソウルジェムは綺麗に浄化されていた。病院関係者の中に魔法少女が居たのか、それとも渚が意識を取り戻して浄化したのか…詳しい事は分からないが、いずれにせよ助かった。
朱里は三日間眠った後に目を覚まし、それから更に五日ほど入院していた。どうやら、自分の躰は思ったより頑丈だった様だ。
心配なのは渚の容態だった。朱里が比較的早く目を覚ましたのに比べ、渚は中々目を覚まさなかった。朱里が退院して暫くしてから意識が戻った様だったが、回復が遅い為に今も入院している。
今日は渚のお見舞いに行こうと思っていた。平日だが、学校はサボる事に決めている。渚とは違い、朱里はそういった事には全くといっていいほど抵抗が無い。最も、褒められた事ではないのだが。
病院に到着し、受付を済ませていると後ろから「朱里ちゃん?」という声がきこえた。
振り向くと、美佐子がこちらに歩いてくるところだった。
「美佐子さん…こんにちは」
「こんにちは。お見舞いに来てくれたの?」
朱里が頷くと、美佐子は「学校はどうしたの?」ときいてきた。
「サボりました」
「…ちゃんと行かないと駄目よ?朱里ちゃん、受験生でしょ?」
「大丈夫ですよ。この前の模試はA判定だったので」
「そういう事じゃないんだけどね…」
美佐子は溜息をついたが、直ぐに微笑んで「…でも、ありがとう」と言った。
「渚ちゃんの容態はどうなんですか?」
「随分とよくなったわ。お医者さんも回復が早すぎるって驚いていたくらいよ…朱里ちゃんも、もう大丈夫なの?」
「あ、はい。私は頑丈なのが取り柄なので…」
朱里が冗談めかしてそう言うと、美佐子も「ならよかった」と安心した様に笑った。
「私はもう帰るけれど…渚ちゃんの病室は分かる?」
「この前と同じところなので大丈夫です」
「そう…分かったわ。朱里ちゃんもお大事にね」
そう言うと、美佐子は去っていった。
朱里はその背中を見送ってから、渚の病室へと向かった。
*
病室に入ろうとして、一瞬だけ躊躇する。
慈母の魔女と戦う前、渚は朱里にも素っ気ない態度をとっていた。その時の事を思い出したのだ。
でも、今は違う。
大丈夫な筈だ。
自分にそう言い聞かせ、病室のドアを開ける。
渚は奥のベッドにいた。上半身を起こし、窓の外を見つめている。
「…渚ちゃん」
おずおずと声を掛けると、渚はこちらを向いて笑顔になった。
「朱里さん!よかった…」
いつもと変わらない笑顔に、朱里は安堵した。
「躰の調子はどう?」
「もう大丈夫です。朱里さんも…大丈夫ですか?」
渚は心配そうにそうきいた。
朱里が「大丈夫だよ」というと、その顔が安堵したものに変わったが…直ぐにまた暗い表情になり、朱里に深々と頭を下げた。
「…すみませんでした。本来ならわたしが立ち向かう問題なのに、朱里さんにも迷惑を掛けてしまって…」
「謝らなくてもいいよ…私だって同じ様な状態になったら絶望すると思うし、渚ちゃんはよく頑張ったと思うよ」
朱里はそう言って―静かに渚を抱きしめた。
「本当に…お疲れ様」
渚はされるがままにしていた。
その唇が細かく震え、目から涙が零れ落ちる。
不甲斐ない自分への怒り、母の死を受け入れた事への悲しみ、そして―朱里の優しさに触れて、渚は静かに泣いた。
それからしばらくの間、朱里は無言で渚を抱きしめていた。
ふたりとも、何も言わなかった。
*
「すみません…」
しばらくして泣き止んだ渚は、恥ずかしそうにそう言った。
「大丈夫だって。私たち、チームでしょ?」
それよりも、ひとつききたいんだけど…と、朱里は真剣な表情で渚を見る。
「渚ちゃんは、これからどうする?」
「どうするって…」
「…結果的に渚ちゃんの願いは叶わなかったって事になったし、魔法少女として戦う理由も無くなった。グリーフシードの事なら私が何とかできるから、魔法少女をやめる事だってできるんだよ」
確かに、朱里の言う通りではある。
母親はもう居ないし、渚の願いは最初から意味の無いものだった。これ以上魔法少女を続ける理由はないといえるだろう。
しかし、渚は首を横に振った。
「わたしは魔法少女を続けます。生きる意味はそこにあると思うから…」
それに―と、渚は少し恥ずかしそうに付け加える。
「朱里さんと、まだまだ一緒に居たいので…」
朱里はその言葉をきいて「…よくそんな恥ずかしいこと言えるよね」と呆れた様に言った。心中では真っ赤になっているが、何とか顔に出さずに済んだ。
「でも、私も同じ気持ちだよ。だから…これからもよろしくね」
「…はい!」
渚はまた笑顔になる。
この笑顔を取り戻せて、本当によかった…朱里は心の底からそう思った。
*
―数日後。
渚は無事に退院し、帰宅した。
自宅に戻り、森岡夫妻に迷惑を掛けた事を謝ってから二階に上がり、自室の隣にある部屋を開ける。
そこには母親は居ない。ただ、クマのぬいぐるみがあるだけだ。
渚はそれを抱きしめ、小さな声で呟いた。
「お母さん、今までありがとう…わたし、生きるよ。生き抜いて、幸せになる」
それだけを言うと、渚はぬいぐるみを置き、部屋を出た。
階下に降りると、美佐子が「外で朱里ちゃんが待ってるわよ」と教えてくれた。
軽く身支度を整え、外に出る。
玄関の前には朱里が居て、渚を見ると軽く手をあげた。
「この近くで魔女が出たみたい。無理はしなくてもいいけど…行ける?」
「はい、いつでも」
渚がそう言うと、朱里は微笑み、変身した。
渚もそれに倣い、魔法少女の衣装を身に纏う。
「…それじゃ、行こっか!」
「はい!」
希望を願った少女は、その結果として絶望を知った。
願いはもう叶わないけれど、それでも少女は歩み続ける。
仲間の為に、母親の為に、そして…生きる意味を見つける為に―。
【おしまい】
これで完結。短い上に薄い作品でしたね…。
詳しいあとがきや今後の事については後ほど活動報告の方に投げておきますのでよろしければご覧ください。
何はともあれ、読了ありがとうございました。